シンデレラが灰になるまで 13

 読まれなかった手紙・4


 覚えているのは、白ばかり。

 そう、空虚で、冷たい白ばかりです。

 わたしは、他のプランツと少しばかり違うようでした。

 わたしは燃えません。

 だから、ヒトからも、プランツからも距離をおいて生きていました。

 この特異性は、そのどちらからも受け入れ難いものなのだと、本能的に知っていました。

 だから、隠れるように生きていました。

 それでも気付かれてしまうもので、わたしは何時も追い立てられていました。

 いたずらに火を向けられ、あるものは遊び半分で、あるものは狂気に目を輝かせて。

 わたしのことを、皆プランツの亡霊だと思っているようでした。

 燃えないプランツは、プランツですらないそうです。

 わたしは生きていることすら認めてもらえませんでした。

 わたしは町から町へ転々とし、行く先々で野良犬のようにゴミを漁り、襤褸を着て、次から次へと実る赤い粒を毟り取ってヒトの振りをすることにしました。

 そうしたら、燃やされる事はなくなりました。

 唾を吐きかけられ、殴られるだけになりました。

 わたしはほっとしました。そして、たくさん涙を流しました。

 なんて、なんて生きることは辛いのだろうと。

 ある日隠れて泥水を啜り、ほんの少しの日向で日光浴をしていたとき、あなたに出会いました。いえ、正確に言うならば、あなたに見つかりました。

 わたしは怯え、フードを被って日陰に蹲りました。

 罵声を浴びせられるのは嫌いでした。それなら殴られ蹴られる方がまだましです。

 そうしてしばらくじっとしていると、目の前に白く細い足が現れました。わたしは怖くて怖くて震えていました。相手が誰だろうと関係ありませんでした。

 ヒトもプランツも、どちらも平等に、わたしにとっては脅威だったのです。

 差し出されたのは、見慣れない固形肥料でした。見上げると人形のように美しいあなたがいました。同じプランツで一瞬気が抜けましたが、それでも油断できません。自分の秘密がばれた途端に、嫉妬交じりの視線を向けられ、化け物扱いされ、罵倒されるのは良くあることでした。

 だけど、あなたの口から出たのは、酷く心配そうな言葉だけでした。

 大丈夫?酷くやつれているわ。さあこっちにきて一緒に日に当たりましょう。あなたはそう言ってわたしの手を引きました。よろよろとわたしは歩み、あなたの横で日の光を受けました。なぜか、あなたはわたしの手を握ったままでした。

 あたたかい。そう思いました。涙が零れました。

 わたしが泣いているのにも気付かず、あなたは小さな四角い青空を見上げて歌を歌っていました。小鳥がさえずるような、繊細な硝子を弾くような、そんな美しい声でした。

 ぼろぼろのわたしの面倒を、あなたは嫌な顔一つせずにしてくれました。

 わたしに安心して眠れる場所を与えてくれました。

 わたしの不吉な色を、きれいねと褒めてくれました。

 わたしと、一緒にいてくれました。

 わたしは、自分の秘密を隠したままそれを享受しました。

 いつこの身体の秘密がばれるのか、怯えながら。

 そしてそれは、結局こうして死が迎えに来る直前になっても変わりませんでした。

 こんな臆病なわたしを、何も知らず最後まで愛してくれたあなた。

 本当に感謝しています。本当に愛しています。

 死はこわくありません。むしろ、わたしはこんなに穏やかに死を迎えられて良いのでしょうか?死ぬ以前に、生きていることすら認められなかったわたしが。

 あなたはわたしの手を握って言いましたね。次のわたしも幸せにすると。

 だからわたしは、この手紙を書いています。

 燃えないわたしが、死んで尚わたしとなってあなたに害をなすことが恐ろしくて。

 ずっと黙っていてごめんなさい。本当に、ごめんなさい。

 ――ずいぶん長くなってしまいました。疲れたでしょう。私もつかれました。

 やはりこの手紙は部屋に隠しておこうと思います。この小屋が燃やされでもしない限り、何時かはあなたに見つかるでしょう。

 最後になりますが、ただただ今は、これからのあなたの人生に、わたしが邪魔とならないことを願うばかりです。

 叶うならば、あなたと繋がったことで、少しでもわたしのこの異常が薄れることを。

 この身が燃えるようになることを、祈っています。

 そうすれば、いつかあなたの前から、消えることもできるのだから。

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