シンデレラが灰になるまで 12

 上空で軽い爆発音。車の窓から身を乗り出して見上げると、ビルの遥か上層が赤く染まっていた。爆発の衝撃で割れたガラスの破片が、一瞬後に星屑のようにきらきらと音を立てて降り注ぐ。

「エルザ!」

「わかってる!」

 エルザがキーボードを叩き、遠隔操作でビルのスプリンクラーを作動させた。同時にけたたましく火災ブザーの音が、虫の大合唱のようにホテル中で鳴り響く。

「あそこに、ゼロが、クーがいるのか……?」

 空を舐める炎を見ると気分が悪くなった。貧血になったようにくらりと視界がぶれる。あんな大きな炎、生まれてから見た事もなかった。

「……やっぱり、私行くわ」

 同じく炎を見上げていたエルザがそう呟いた。リウは言葉に詰まる。

 俺が行くと何故言えないのだろう。本能が口に蓋をする。何者にも代えがたい妹があそこにいるというのに。

「止めろ、あんな火事ヒトだって助からない……それにゼロは燃えないんだろう?」

 気休めにも似たその言葉に、エルザはきっとリウを睨み付けた。

「プランツもヒトも、いつかは燃えるわ……もちろんゼロも」

 その言葉にリウは凍りついた。ゼロが、燃える?

「そんな、ゼロは自分で燃えないって……」

「昔ゼロの実を採って、燃焼実験をしたことがあるの。確かに信じられない程強い耐火力はあったけど完全ではなかった。何度も何度も火にかけたり、凄まじい高温で熱し続けたら――最後には燃えて、灰になった。数字通りではないけど、ゼロにとって『八度目の竈』はいつか必ず来るものなのよ」

 唇を噛み締めるエルザ。そこまで調べている彼女なら、おおよそゼロが炎に耐えられる限度もわかっているのだろう。

「ゼロはあんな風で破滅思考だし、何度伝えても『よかった俺も一応燃えるのな』なんて言って笑ってるばっかり……だけど今回で最後にするって、だから手伝ってくれて言われて……そんなこと言われなくても今までずっとゼロの無茶には付き合ってたのに!!」

「あいつ、最低だな」

「うん……最低だよ。嘘つきだよ……でも、大好きだよ……」

 頭を垂らして、絞り出される愛の告白。リウは瞠目する。

 何を、何をしているんだ。

 頭上でお互いの愛する人間が燃えつつある中、俺達は何をしているんだ。

 此処まで何のために命を賭けてやってきたんだ。

 最後の最後にベットを放り出して、賭けに負けて、失ったら。

 それは、死ぬことと同じじゃないのか?

「……が……いく」

 リウは擦れる声を絞り出す。勇気を奮うために、もう一度大きな声で告げる。

「俺が、行く!」

 そう言うが早いか、後部に積まれていた荷物の中からスペアの耐火スーツを取り出した。フードに付いたオルカを模したような白い斑点がリウを見返してくる。お前に、俺を着れるのか?エルザの制止も聞かずにスーツを着込む。

「オルカは、海の悪魔とか、王者とか言われてるけど、それは単体での力が優れているからじゃないんだ」

 ゼロと違い露出している部分が命取りになるので、手袋と常備されていたガスマスクを顔を守るために首に引っ掛けておく。

「オルカは群れで行動する。狩りをする時も一緒、弱い仲間が襲われた時も皆でそいつを守る」

 最後にフードを深く被る。バックミラーに移る自分の姿はまさしくゼロのそれだった。

「……ゼロは、今までずっと一人だったよ」

「エルザがいただろ。それに今は俺がいる。エルザはバックアップ、俺がピンチヒッター。クーは……」

 エルザが笑った。相手を仲間と認めた者に向ける、本当の笑顔だった。

「ムードメーカーね」

「なるほど。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 リウは車を降りると大きく息を吸い込んだ。焦げ付く空気の香りに、夜空を明るく染める赤い光。冷や汗が止まらない、動悸が止まらない。

 だけど、君を助けたい。

 そして、君をこんな目に遭わせた、本当に馬鹿な友人も。

 リウは、走り出していた。自分に蓋をしていた本能を、フードの奥に押し隠しながら。

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