あかいみはじけた 15

「あーせっかく大金貰ったのに、結局俺達いつも通りの食事だなあ」

 精製水を口に含みながら、苦笑いするリウ。クーは「あかちゃんかわいかったねぇ」とご機嫌でリウの言葉など聴いておらず、その様子を見ているとまあいいかと思えてリウは夜空を見上げた。夜空に浮かぶ満月が、蜜を滴らせるように光を降り注いでいる。

「クー。月(ムーンサイド)に言ったらもっと星が見えるらしいよ」

「ほしぃ?あかちゃんは?」

「赤ちゃんもいっぱい居るだろうなあ。向こうは火なんて無くて、プランツの数が減ることも無いって言うし……それに比べて、ほんとに太陽(こっち)は危なっかしくていけないなあ」

 クーの珍しい容姿もこっちよりも何倍も種が栄えているという月(ムーンサイド)ならば目立つ物ではなくなるだろう。その頭に載るキャスケットも、もう必要なくなるのだ。隠れるように日を浴びることももうしなくてよくなる。

 だから、絶対に月(ムーンサイド)に行かないと。リウは冴え冴えと光る月を見上げ、ここからは見えない、遠くはなれた『月』を想う。

 それと同時に、『月』を想って死んだ、最愛の人の事も。


『なんだか……眩暈がするの』

 その日が来たのは唐突だった。糸が切れるように彼女は倒れた。寿命だった。

『私幸せよ。だって自分を愛してくれる人に継代(コピィ)を託せるのだもの。次の私も絶対に幸せになれるでしょう?』

 床に伏せる彼女の手を握り、リウは涙ながらに何度も頷いた。そして誓ったのだ。


「きっと、次の君も幸せにする―――」 

 リウは自分の鼓膜を振るわせる自身の声で我に返った。思わず声に出していたらしい。

「にー?」

 クーが真白に色の抜けた瞳でリウを見上げている。そこにあの頃に柔らかな蜜月色は無かったが、その面差しは時が経つほどに彼女に近づいていた。抱き締めたくなるほどに。

 それが怖くて、リウは周りの保育者(ガーデン)を真似し、クーを兄妹のように扱っていた。この子は妹だ、妹だと言い聞かせながら。

「ああ、ごめんな。早く帰ろう」

 こくりとクーが頷き、その白い花弁が光を湛えて揺れた。希少な白いタンポポ。その白さえ、自分達が愛し合った証さえ、此処にいては金にされる。

「早く、帰ろう」

 自分で言いながら酷くそれが「逃げよう」という響きめいていて、リウはその思いを振り払うように首を振った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る