あかいみはじけた 14

 長い花弁を掻き揚げて見上げるプランツは忘れもしない、町に来た初日に自分に火をつけようとしたあの露草プランツだった。

「お前……!」

「すげ――!!ロックだ!!ここの出身だってマジだったんすか!!」

 怒りを爆発させる前に歓声をあげる露草プランツに気圧されて、リウは不完全燃焼のまま「どうも」と曖昧な挨拶をして促されるままに握手をした。

「すげーすげー!!ってあっ苗床踏んじまう」

 露草プランツは慌ててしゃがみこんで、爪先で削ってしまった部分の苗床をそっと整える。傍から見れば只の土塊だが、今その中には確かに繋がれた命が生き直す準備を整えている。

「お前が保育者(ガーデン)なのか」

「あっ、ロックさん喋り方フツーじゃないっすか。やっぱり噂通り、テレビのキャラ盛ってんすねー!」

「あっ、うん。そうそう、そういう設定で」

「いやーほんと災難っすよ。たまたま歩いてたらばったり倒れているプランツが居て、あなたに継代(コピィ)を託します~なんつってぱったりですよ?マジ有り得ないっすよー。うちのリーダーも居なくなってこれからどうしよって時に……」

 そう言いながらも苗床を撫でる手はすこぶる優しい。本能的に分かっているのだ、自分も何時かはこうやって、苗床となり継代(コピィ)を残す日が来るのだと。だから、プランツ同士は絶対に継代(コピィ)を託され、保育者(ガーデン)を頼まれた時に断ることは無い。善悪貧富関係なくそれはプランツに課せられた掟であり決まりだ。なぜなら自身も、先代が今際の際に保育者(ガーデン)へと受け渡した継代(コピィ)なのだから。

「おっ、動いた!」

 苗床がぶるりと揺れた。

「がんばれ!」

 露草プランツの声に答えるように土塊からゆっくりと小さくふくよかな腕が、発芽するように飛び出した。まるでゾンビ映画のようだとヒトは言うが、プランツはこの瞬間、涙する程に心が震える。

「あかちゃん~!」

 クーが目を輝かせ、苗床を掻き分けて出てくる継代(コピィ)を見つめている。継代(コピィ)の種はどうやらハルジオンのようだった。ヒトの子供で言うところ二歳程度の姿。だがプランツからすればその子は紛れも無く生まれたての赤ん坊だ。紫がかった短く白い花弁を揺らして、幼子は暗い夜空に産声を上げる。露草プランツも胸を打たれてその姿を見つめていた。

「ほら、土払って抱いてやって」

 呆然とする露草プランツの背中をリウは押した。恐る恐る露草プランツは伸ばした指を、ハルジオンの継代(コピィ)の紅葉のような手が強く握り締める。割れ物を扱うような繊細さで露草プランツが赤子を抱き上げると、保育者(ガーデン)を認識したその子は零れ落ちそうに大きい薄紫色の瞳を緩ませて破顔した。

「うわぁぁぁぁぁぁ~~~~」

 その愛らしさに顔を真っ赤にし、どうしていいかわからない露草プランツに、リウが慣れたものと指示を出す。テープが引かれた際に街から支給される、小さなタンクに詰められたお湯で赤子の身体を洗って、露草プランツは自分で着ていた上着でその子を包んだ。

「俺っ、俺、頑張ってこの子育てるよ!」

 目を潤ませて赤子に頬擦りをする露草プランツはすっかり保育者(ガーデン)の顔だ。さっきまで災難といっていた継代(コピィ)を、宝物のように抱き締めている。

 本当に不思議な習性だとリウは思う。同族意識など殆ど無い者でも、継代(コピィ)を経験すればかならず保育者(ガーデン)としての自覚が芽生え、その義務を遂行しようと懸命にその子を育てる。

「水と光さえしっかり与えれば元気に大きくなるから。でもダメだと思ったら無理せず栄養剤も添加しろよ、ここは日照少ないから。明日には単語ぐらいは話し出すだろうしいっぱい喋りかけてやれ」

「ああ」

「頑張れよ父さん。この子がすくすく育てる、良い庭になれ」

 クーの丸い頭を撫でながらリウが若き保育者(ガーデン)に笑いかける。それから、ポケットの中に残っていた数枚の紙幣を全て取り出して渡した。

「これで、服と哺水瓶でも買ってやれ」

「こんなに……?」

「お祝いだ、遠慮するな」

「ロックさん男っす!ありがとうございます!」

 手を振って去っていくリウとクーの姿が消えるまで、露草プランツは深く礼をし続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る