あかいみはじけた 12
目を覚ますともう昼前で、部屋の壁にまた新しい服が掛けられていた。エルザが調達してきたものらしく、見た事もない高級そうな紙袋がその下の床に散乱していた。大量生産、大量購入、大量消費、彼女がヒトの本懐ねと笑っていた性質は、着々とプランツにも根付きつつあるよ、とリウは首を振る。
蜘蛛の巣状に割れた鏡の前でもぞもぞと着替える。自分という雑草が、着飾られていく違和感。この格好なら、確かにテレビに映っても許されそうだ。
まるでシンデレラのようだと思う。ロクも自分の姿をそう嘲っているのだろうか。
何とか見られたものになると部屋を出る。業務用デスクを二つくっつけてダイニングにしている部屋では、すでにクーが白い服をぱたぱたさせながら絵を描いて遊んでいた。海と空と白い太陽、ここから見える景色は青と水色ばかり浪費する。
「にー、かっこいいねえ」
「ありがとうクー。おはよう」
真っ白い花弁が風に揺れる。クーの笑顔、その透明さは昔から、ずっと昔から変わらない。
「おはよー」
欠伸をしながらエルザが部屋に入ってきた。ジャージのジッパーが下がっていて、健康に育った胸の谷間が丸見えだった。昨日ゼロと何をしていたのかを嫌でも想像させられいたたまれなくなったリウは、誤魔化すようにキッチンに立つと彼女に背を向ける。
「おはよう、なんか飲む?」
「コーヒーいれてー」
「あの泥みたいな奴か?」
火気厳禁の自分にはガスコンロは使えないので、電気ケトルでお湯を沸かす。飲んだことが無いので塩梅も分からないまま煎れたコーヒーを、彼女は受け取ると満足そうにすする。しばらく談笑していると、黒い影がのそりと部屋に現れた。
「おはよう――エルザ。今日の予定は?」
「もうばっちりよ~確認だけしたら、開始時間まで待機」
どきりとして思わずリウが確かめる。
「テレビ局に侵入する時間は?」
「十八時よ」
「そ、そうか……」
その言葉にほっとした、昨日ロクが言っていた時間より前だ。
結局ロクとの事は誰にも伝えていない。伝えると罠だと勘繰られて計画自体を中止されてしまうかもしれないからだ。あの冗談交じりの約束を信じられるのは、革命を夢見るロッカーと同じ顔をした自分ぐらいだろう。
「それは結構。仕掛けは上々だろ」
「もうここまできたら、やるしかないよ」
からからと嗤いながらゼロはソファに座るリウに手を差し出した。
「リウ。一つ今日のことで頼みがあるんだが」
長い袖の端から、小瓶を摘んだ枝のように細く白い指が突き出る。
「これを、仕上げとして最後に楽屋に撒いてきてくれないか?」
小瓶を受け取ったリウはそれを日に透かすが、遮光硝子の中に何が入っているのかはわからなかった。軽く振ってみると瓶の中をビースが跳ねるような音がする。目深に被ったフードの奥から這い寄る声音が警告した。
「中は撒くまで見んなよ、開けたら煙が出てカラカラの爺になっちまうぞ」
「こわっ」
リウは慌てて小瓶を服のポケットにしまった。
「別に危ないもんじゃねえよ。よく怪盗が犯行現場にサインを残すだろ。アレだよアレ」
怪盗なんて格好いいものでは絶対にないだろうという確信があったが、リウは敢えて何も言わなかった。
「もう昼過ぎか。リウ、クー」
ゼロはさらにパーカーのポケットから数枚のよれた紙幣を取り出すと二人に渡した。
「景気付けに最高級の水と栄養剤でも食べに行ってきな。来週には化学肥料も化学精製水も、もう食えねえ場所に居るんだからよ」
結構な額だったので一瞬リウは躊躇ったが、せっかくの心遣いなのだからとそれを在り難く受け取る。
「ありがとう。ゼロ、お前の期待に応えられるよう頑張るよ」
クレヨンを放り出して手持ち無沙汰になっていたクーを呼び寄せると手を繋ぐ。
「あれ、クーこれどうしたんだ?」
「昨日エルザがくれたのー♪」
花弁には可愛らしい銀の蝶を模したピンが、蜜を吸うかのように留まっている。
「悪いな」
「いいのよ~私には可愛すぎて似合わないし」
大した物じゃないと手を振ってエルザはコーヒーを気だるげにすすっている。
「じゃあ行ってきます」
「いってきますー」
「いってらっしゃい!」
二人はまるで夫婦のように並んで椅子に座って、蒲公英の兄妹を見送った。
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