あかいみはじけた 9
ぎしり、と音がしてベッドのスプリングが軋む。暗い部屋の中薄目を開けると頭上に髪をおろしたエルザが覆い被さっていた。長い髪がカーテンのように二人を外界から遮断する。
二人だけの世界。笑ってしまいそうだった。いつもいつも、この女々しい自分はそんなものばかり心のどこかで求めている。
「……本当にやるの?」
ぽつりとエルザが呟いた。少し厚めの艶やかな唇が微かに震えて果実のようだ。何となく、食べてしまいたいとゼロは思う。
「勿論」
ゼロの肩を押さえていた手が強く握り締められた。顔を近づけて悲壮ささえ滲ませるエルザからは、先ほどまで兄妹に見せていた余裕は感じられない。
「もういいじゃない……あんな人の事、放って置けば」
口を開けばエルザは何時もそう言って、ゼロを押し留めようとする、引かれた一線の内側へ押し込もうとする。ゼロはそれに何時も笑ってしまう。だってその線は、何の意味も持たない、吹けば消えてしまいそうなか細いラインでしかないのだから。
自分にとっての分水嶺など、とっくの昔に越えてしまっている。
「駄目だ。これが最初で最後のチャンスかもしれない。タイムリミットも近い」
リウと同じく、ゼロも最初で最後と言った。視線を逸らされる。交渉の余地は無いのかとエルザは喘ぐように口を開いた。
「……やっぱりリウに言うわ」
脅しのようにも、呪いのようにも、懇願にも聞こえた。
彼女は優しい。だからあの兄妹にも心を砕く。だけど彼女の中での優先度(プライオリティ)は自分に対する方が上だ。それを知っているから、ゼロは特に慌てることもない。逆に其処まで言わせてしまって少し申し訳ないくらいだった。
ゼロは紛う事無くエルザの人生を狂わせている。ゼロが自ら望んだわけではない、それでもエルザは確かにゼロを中心とした蟻地獄に共に飲み込まれてしまっている。
これで、お前のことも解放できればいいんだけどな。そんな事を考えていてもゼロの顔に浮かぶのは相変わらず人を食ったような笑顔だけだった。
「何を言ったっていい。だって今更何を言ったって、あいつはやるからな」
「なんでゼロにそんな事……!」
「わかるよ。だってリウは自分のためにこのプランに乗った訳じゃない、あいつはクーの為にやるんだ。自分の身が可愛ければ止めるかもしれないけど、可愛いのは妹……いや娘の身なんだから」
「ずるいよ――」
「リウと俺はそこだけ似てる。自分自身の心はもう燃え尽きて――そう、今は近くにある暖かさに寄り添うだけなんだ」
ゼロは夕闇に沈む町を眺める。何時の間にか風は冷え切り、割れたガラス窓を音を立てて通り過ぎる。
「熱を、奪うだけなんだ」
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