あかいみはじけた 7

「ここまでくればノープロブレムだろ」

 ぜいぜいと荒い息を吐いて座り込んだリウの前で、自分と全く同じ顔をした男がいたずらっ子のような表情を浮かべて仁王立ちしていた。

「あんた……本物の」

「雑草魂のロクだ!最高のファーストインプレッションじゃねえかブラザー!」

 嬉しそうに笑いながら同じく腰を落とすロク。ジャラジャラと身に着けているシルバーアクセサリーが擦れて音を立てる。

「で、なんだ?ユーは俺の生き別れの弟か?兄貴か?それとも整形?もしかしてドッペルゲンガー?俺シーユーダイなの?」

「……ただの他人の空似だよ」

 興味津々で顔を近づけてくるロクに疲れた顔で返すと、彼は子供のようにキョトンとしてそれから破顔した。

「いいねえ。それこそディスティニーって感じ?事務所がしつこいから珍しく海鳴館なんてだっせえ場所に来たけど、これは甲斐があったってもんだ」

「そのサプライズのせいでこっちは……」

「こっちは?ホワッツ?」

 ヒヤリとした声にびくりとリウは顔を引き攣らせる。ロクは自分が路地裏でしているのと良く似た、冷え切った酷薄な表情でこちらを見つめていた。

「何をたくらんでた?俺の振りしてテロでもして、俺を陥れようと?保守派の好きそうなプランだな?」

「違うこれはただの練習で」

「なーる、じゃあメインステージはこれからってことか」

 かちり、と音を立てて取り出されたのは小ぶりのナイフ。薄汚れてたくすんだ刃は、彼が路地裏に居るころからそれを身に着けていたことを容易に想像させた。手慣れた動作でそれをリウの頬へと近づけて、ロクは小首を傾げた。

「とりあえず、その顔刻めばリスクはヘッジできそうだな」

 本気だ。リウは後ずさって顔を庇う。後ずさってそのまま土下座居した。

「勘弁してくれ。本当に、俺は……この顔が無いと……最初で最後のチャンスなんだ!彼女との約束を果たせる、俺の人生が掛かった、大切な……」

 その必死の声音にロクはサンライトイエローの目を瞬かせて、毒気を抜かれたようにナイフを下ろした。

「何だ、女のためかよ。それを早く言えって」

「……は?」

 すっかり不穏な気配はなりを潜め、ロクはだらりと地面に足を伸ばす。黒い服が砂で白く汚れるがまったく気にしていない様子だ。

「で、何するんだ?」

「……テレビ局でかっぱらい」

「ハハッ、俺らスラムのヤンキーらしくていいじゃねえか」

「!?何で俺が」

「ザッツオーライ、タンポポで良い生活してる奴なんて見たことねえよ。それに俺とおんなじで着慣れてないのがバレバレだ」

 タキシードの端を持ち上げてにやりと笑う。今人気絶頂グループ、雑草魂のロク。スラム出身のロッカー。彼の今の地位は、身の丈に会わないものだと糾弾され、風当たりもきついと言われている。

 ヒトが血統を重んじるように、プランツは種を重んじる。継代(コピィ)という単為生殖による生まれ直りの性質も合間って、純正を保ちたがる気概はヒト以上だ。それが交雑を妨げ、雑草は何時まで経っても雑草のまま。外見上の違い、それが成り上がりを阻害する一番の要因となっているところに、純正を守る気概が加わって、五百年たった今もカーストから抜け出せないプランツは無数に存在していた。

「皆してクレイジーだよプランツは。見た目でジャッジがイージーだから、差別も根強い。もっとセックスして種を交わせばカーストだって薄れるのによ」

 なあ、唇の端を上げて同意を求められ、リウも頷いた。

「そのくせ、交雑して生まれ直った奴は希少種だと追いかけ回して搾取して、攫って、人形みたいに遊ばれる。ファッキンだ」

 その言葉にロクはきょとんとした後、一拍間をおいて大笑いした。勢いで肩まで抱かれる。

「わかってるじゃねえかブラザー!流石俺と同じ面だ。やっぱ時代は革命だよ、これぞロックだ!」

「はは……そうだよな……」

 リウは苦笑いする。この距離で同じ顔は辛い。だが相手はそうではないらしく、興奮して拳を夜空に突き上げる始末だ。

「イヤァ!同じ顔に免じて許してやるよ。お前がテレビ局に入る日は?」

「……金盞花の夜」

「わかってるじゃねーか。その目線はシャープだぜ。お市様の日だからな。あのいけ好かねえ中央が抱えるドール様のオンステージ……丁度、俺もやる気が無かった日だ」

 ロクは立ち上がると携帯を取り出し、かけた先に「二台こっちに回して。ん、いっつも通り時間差で。あ?女じゃねーよ!」と端的に告げると電話を切る。

「七時だな」

 ロクの言葉にリウは首をかしげる。今はもう十二時前だ。

「金盞花の夜、俺はその時間に局に入る。リハさぼってもそれがリミットだ」

「ロク……まさか」

「ただのスケジュール確認だ。俺は七時にテレビ局に入る――八時にテレビ局にシーク現るなんて緊急速報流れたら笑ってやるよ。お市様のお綺麗な顔にテロップだだ被りってな」

 それまでに、局に入って仕事を済ませろということ。

「あーそれまでどうすっかな、証言してくれるように、メンバーと新曲のミーティングでもするかな……!お前、顔隠しとけ」

 ロクは手に持っていた帽子をリウの頭に被せると、花弁をガリガリと掻きながら遥か先から真っ直ぐこちらへ向かってくる光へ手を振る。程なくして目の前に止まったタクシーに乗り込むと、

「次着た車に乗ってゴーホームだぜ兄弟……後、この話し方は『お客様用』だ。普段は適当だから使いどころ間違えんなよ。じゃあな」

 扉が閉まり去っていくタクシー。海岸沿いに緩いカーブを切って吸い込まれるように消えていった車を見送って、リウは「やっぱりキャラ作りかよ……」と溜め息を付いた。

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