あかいみはじけた 5

「あのさ、リウ君からしたら、ゼロは得体が知れないヤバイ奴に見えるんだろうけど――まあ、実際は結構イカれちゃってる奴なんだけど……だからこそ危ない事とかもう嫌なの……私、ゼロが好きなのよ」

 彼女の切なげな表情から、どれだけゼロが想われているのか伝わってくる。

「ゼロとは長い付き合いなのか?」

「そうねー私が十三歳の時だから、もう七年かな。懐かしいなあ」

 懐かしそうに彼女は微笑み「スラムの路地裏で襲われてて、ゼロが助けてくれたのよねー」ととんでもない事を口走った。ぎょっとするリウに「あっ、未遂よ」とエルザは見当違いの弁解をする。

「こう私が取り落とした改造スタンガンでずびしっ!って男を倒してくれてさーホントかっこよかったんだから!っていうか綺麗だったんだから!」

 花柄のスカートをはためかせながら身振りを交え、力説するエルザ。

「まだゼロもちっさくて細くて女の子みたいで、御伽噺の白雪姫かと思ったのよ!笑顔が可愛くて、でも口を開くとちゃんと男の子で。目が離せなくて……ホント、目を離せなくなっちゃって」

 段々とエルザの声が、波音に消え去るように萎む。

「――ほっとくと偶に、ゼロは自室に篭って自分に火を付けるの」

 その言葉に、血の気が引いた。

「いくら耐火スーツを着てるって言っても、ちょっと無茶でしょ?だからあんな廃ビルに隠れてるんだ。プランツが居る所であんなことしたら顰蹙じゃあ済まないじゃない。部屋もどんどん駄目にするし」

「じゃああの黒焦げの部屋は……?」

「ゼロの部屋。何度も燃やすからどんどん部屋を移って、今じゃビルの中にあんな部屋が二十以上あるわ。ちょっとしたホラーよね。リウ君プランツだから吃驚したでしょ?」

「ホラー何てもんじゃないよ。俺てっきり昔焼殺でもあったのかと思ってすげーびびってたのに」

 本当にあの黒フードの事だけは分からない。自分に炎を付けるなんて、プランツのリウからすれば、想像するだけで鼓動が高まり全身に悪寒が走る。あの黒い部屋、不完全燃焼した有機物が煤となって張り付いたあの場所は、リウからすればグロテスクなことこの上なかった。

「……ってことは、やっぱり燃えないんだねゼロって」

 最初の出会いの時に見た、自身に火を放つ狂気の沙汰。どうやらあれは夢でも妄想でも見間違いでも無かったらしい。

「あー……まあそうなのよね」

 煮え切らないエルザの返事に、だがリウは思案の後に納得したように呟く。

「そっか、まあゼロはヒトだしな」

「え?」

「だってゼロ燃えてないじゃん」

 リウにとってそれは絶対の理由だった。プランツは簡単に燃える。スラムで何度も悪戯に燃やされるプランツは見てきたが、リウはプランツと同じように燃え盛るヒトはまだ見たことはない。

 だからリウは、ゼロをヒトだと定義していた。

「……そうねえ」

 紅茶色の髪をかき上げながらエルザは睫を伏せ視線を遠くへ飛ばす。「人間もプランツも燃えるんだけどね……」と呟いた声は、風に流されてリウの耳には届かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る