あかいみはじけた 4

この練習の目的はトークの練習というより人前に出ておどおどとした立ち振る舞いをしないように、というものだった。よくよく考えればリウは本物の振りをして番組に出るわけではなく、テレビ局に侵入して宝石をかっぱらって来るのが仕事なのだ。だから求められるのは不審さの無い動きであるというのは当然だった。

「じゃあ、俺があんなにライブDVDを見てパフォーマンス訓練をしてたのは……」

「んー。ま、端的に言うと無駄かな☆どっちかっていうと控え室でのプライベートな姿とか、インタビューシーンとか、ロックの普段の姿を見ておかないと」

「……俺の四十八時間の努力が……」

 落ち込むリウに、まずいとエルザはすかさずフォローを入れた。

「でもかなり堂に入ってはきてるわよー!やっぱり自分と同じ顔をした人間があんな派手に暴れる映像を見続けてたから、君自身にも刷り込みされてきてるんでしょうね!」

 曲が変わったタイミングで踊りの輪から抜けると、二人はボーイからシャンパングラスを受け取りテラスに出る。其処からはアジトのビルから程ではないが、夜の淵に沈む水平線を見渡すことが出来た。会場から流れ出るブルースと波音のオーケストラを聴きながら今まで飲んだことも無い栄養剤をリウは夢ごこちで傾ける。藍色の闇の中で尚輝くリウのネオンイエローの花弁に目を細め、エルザはそっと唇を開いた。

「……引き受けてくれてありがとう」

「え?」

 急な感謝の言葉にリウは戸惑う。リウから視線を外したエルザは指先でグラスをくるくると回し、薄紅色の液体を気泡が揺れながら昇っていく様を眺めている。

「タンポポは個体数が多いからハマる子もいるだろうと能天気に計画を練ったからねー。条件に合うタンポポプランツに巡り合えなかったら、明日はゼロが自分の身体に火をつけて陽動のためにテレビ局に突っ込むはずだったんだ。んで私が忍び込んでシンデレラティア奪取っていう」

「それはまた……」

 ザルどころか、枠すら無いに等しい粗雑なプランではないか。

「シンデレラティアを狙っているのは何でなんだ?何か欲しいものでもあるのか?」

 ゼロが居ないのをいいことにリウはずっと抱えていた疑問を彼女にぶつけてみた。このしけた街で一番のお宝。そう言われるだけあってさぞ高価なものなのだろう。だがそんなスケールの大きな物をあえて狙わなければならないとは、一体何を目的としているのか。そもそも、ゼロの暮らしっぷりからは金銭への執着があるようにも思えない。

一口シャンパンを飲んだエルザは優しく微笑み、意外な答えを口にした。

「……穏やかな生活。もう何にも心を揺らされない、ささやかで静かな日々、かな。この街からもう少し治安が良い中央寄りの町に移り住んで、庭付きの家を買って、車も可愛いのに買い直して。私は全うな技術者に戻って、ゼロは……ヒモかな?私が守ってあげるから別に何でもいいや」

「ふーん。意外。やばい会社でも立ち上げるのかと思った」

 鑑定眼など無いリウには分からないが、相当な金が手に入る筈だ。だが通貨の無い月(ムーンサイド)を目指す自分には興味の湧く話でもなく、それ以上掘り下げて聞くのは止めておいた。

それにしても比較的常識を持ち合わせているように見えるエルザに、養いたいとさえ言わせるゼロとは一体何なのか。

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