あかいみはじけた 3

 海辺に良く生える白い大理石で造られた社交場――海鳴館には、飾り立てられた生け花にも似た不自然な麗人達が今夜も会話に花を咲かせている。豪奢のシャンデリアの下、燕尾服を着込んだ男達がなめらかな三拍子の旋律を奏で、その曲に合わせて男女が手を取り合いワルツを踊っている。

「はい、ワンツースリッ、ワンツースリッ♪」

 そんな中、目を引く一組の男女が人の波間を縫って揺れていた。男の方は慣れないステップで危なげに磨き抜かれた大理石の床を踏みつけ、女の方はそんな危なげな男の動きを足や手でさりげなく補正して周りの邪魔にならない程度のクオリティに底上げしている。

「んなこと言ったって……」

 男の口から弱音が出た瞬間に足元をすくわれ、バランスを崩して男の背がぐっと反らされた。自然女が男の姿勢を支える形となり、男女逆転したポージングに周りから失笑が漏れる。

「ハイハイ!ミュージシャンがそんな弱気でどーすんの」

 結い上げられた紅茶色の髪を飾る貝細工がしゃらりと涼やかな音を立てて七色に光る。エルザはリウの上体を引き上げると豊かな胸を押し当てて寄り添い耳元で囁いた。

「もうちょっと堂々としなさい。これじゃあ本番は任せられないわよ」

「……がんばる」

 薄暗い照明の下でも尚映える黄色い髪を大人しめにワックスで流し、初めて着たタキシードの窮屈な感触に顔を顰めながらリウが嘆息した。

気を取り直してエルザの手を握り直す。肘上まで包まれた手袋の下に工具を握りなれた厚い指の感触を感じて少し驚く。可愛らしい顔でドレスを着こなしている彼女は両家のお嬢様といった外見だが、それでもやはり彼女は自分と同じ路地裏の住人なのだ。先ほども会場に入ると共に油断無く周囲を見渡し、立食テーブルの近くで何気なく靴のストラップを直す振りをして、膨らんだスカートから小さな箱のようなものを天板の裏に設置していた。大した不審者っぷりだ。「爆弾か?」と思わず怯えて聞くと「そんな物騒なものじゃないわ。楽しいパーティグッズみたいなものよ」とすました顔なのも戴けない。

「ってかさ、俺こんなトコにのこのこ出てきちゃって大丈夫なの?」

 やっと無難な動きを身に着け喋る余裕ができると、改めてリウは周囲に目を巡らす。街での一件があって以来、人の視線が気になってしょうがない。

「アンタなんてぽっとでのミュージシャン、此処に来てる連中は興味持たないわよ。コネクションも薄いし。中央からすればロックは反保守派思想家ってカテゴライズだし。誰も寄り付かないわ」

「俺じゃないにしても酷い言われようだな――っていうか俺が怖いのは、ご本人登場の事だったんだけど……」

「それは無い無い!ロックは堅苦しいのが嫌いで殆どこういう場所には出てこないらしいから。元々スラム育ちで社会への反骨精神も強いしね。だから練習に丁度いいと思ったのよ。顔が利かないなら話しかけてくる人も少ないでしょ?」

 優美な笑顔を浮かべるエルザの堂々としたこと。その言葉と態度に段々とリウの緊張も解けていく。

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