もえないひと 31

 馬鹿らしい、滑稽だ等と言える空気ではない。

 この二人は、本気だ。

 とんでもなく馬鹿げた事を、これ以上なく本気で考えている。

「テレビ局へ入る方法、部屋の位置取り、盗んだ後の逃走経路。その全ての手配は私達に任せて。貴方はただ、ロクの振りをしてハンナの楽屋からシンデレラティアを盗み出してくれればいい」

「くれれば良い、ってそれがこのプランの中で最高難易度のミッションだろ!?何しれっと軽快な感じで言い放っちゃってるんだよ!!」

 リクの激しい抵抗に「流石に騙されないな」とゼロが舌打ちした。

「でもな、その最高難易度アクションに見合うだけの、最高難易度テクニックを必要とする報酬の準備がこっちにはあるんだぜ。君等兄妹、戸籍もパスポートも住民票も、健康保険証も無いだろ?」

「そうそう。紙っぴらだけ作るだけじゃ駄目なんだから」

 そういってエルザがきらきらと輝くデコジュラルミンケースから、一枚のカードを抜き出してリウに渡す。

「これ……免許?」

 何時の間に撮られたのだろう。散髪後のさっぱりとした顔のリウの顔写真が印刷された、紛れもない運転免許証がそこにはあった。しかも大型の分類にまでしっかりと丸がついている。

「そうよー。だけどその偽造免許証の凄いところは、リウくんが七トントラックを乗り回してネズミ捕りに引っ掛かって免許の提示を求められても、問題なく違反キップを切ることができるって事。その場で管理端末にシリアル番号を打ち込んで照会したとて、そこにはリウくんが五年前に免許を取得して、一年前に駐禁で違反をしてるっていう履歴が表示されるだけ。どこにもこれは偽造品だなんていうことはばれない」

「そんな……」

「わかっただろ?エルザはこういう黒い事もお手の物の技術屋だ。それもお前じゃ名前さえ知ることができない程の超一級の腕を持つな」

「まーこんなことが出来るのもこの街にはびこるSEさん達がデスマーチ行軍の最中、納期守るために見境なく私にヘルプさせるからなんだけどねー。おかげで交通、上下水道、電話網、監視系システム、大体なんでも私が侵入(ハッキング)する為のセキュリティホール(トンネル)を作らせて貰っちゃった♪このビルも通用口から偽造入館証で入ってるのよー」

 エルザは胸の上で揺れるビル関係者カードを見せびらかす。

「すごい……」

 免許証を両の掌に載せぽかんとするリウに、エルザがいたずらっ子のように笑う。その横でゼロが付け入る隙を見つけたと狡猾にほくそ笑んだ。

「チケットだけ手配して終わりじゃねえんだよ。今日は不知火の曜、三日後がみんな大好き音楽祭の金盞花の曜だ。そこから最悪でも週が明けた月下美人の曜には、お前等が月(ムーンサイド)でバカンスできるように全部段取りしてやる。飛行機に乗るためのチケット代、検疫をスルーするための診断書および定期健診の結果を添付した健康保険証。んで肝心の、棄てるために返還しなきゃいけない戸籍も二人分、耳を揃えてこのエルザが偽造してやるって言ってんだ」

「よくよく聞けばゼロ、お前そんな偉そうだけど何もしてないじゃないか……」

「これも人徳ですよ」

「なんて嘘くさい……それにしても、本当にそんなことできるのか?」

 リウは恐る恐る尋ねる。それは一週間に満たない期間で二人の人間の存在を一から作り上げる事に等しい。いくらショートカットして必要な物だけを揃えるにしても、余りに無茶な気がした。だがもし可能ならば、これは正真正銘の、一生に一度の好機だ。この危うい船に、乗るべきか、乗らざるべきか。

 リウの懊悩が表情に出ていたのだろうか。ゼロとエルザは目を合わせた後、力強く頷いた。

「俺達ならできる」

「うん。できるよ」

 こんなにも怪しい話なのに、怪しい取引なのに、二人の目は微塵も嘘など無いと真摯な光を湛えている。

「俺達はお前を利用する。その真っ白い妹を盾にして取引を呑ませる。だからこそ、お前が自分以外の一番大切なものの為に尽くすなら、俺達もせめてその一番大切なものの為に尽くす。約束だ」

 ゼロの赤い瞳が真っ直ぐリウに向けられた。何故だかリウは、自らに火を放つ瞬間の、ゼロの姿を思い出す。

 常に浮かべている薄ら笑いは消えていた。能面のように無表情になってやっと、実はこの男は存外に整った顔をしているのだなとリウは気付いた。

 そして少なくとも、このもえない男は裏切られた事があるのだろうな、とも。

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