もえないひと 30
【雑草魂ボーカルのロク、トップアイドルのハンナと熱愛!?】それはリウも美容院で目を通していた記事だった。ゴシップ誌の真骨頂とも言える素破抜きの密会写真が、これでもかと引き伸ばされ印刷されている。高級そうなホテルの入り口で、帽子とサングラスで顔を隠した男女が寄り添って写っていた。白黒かつ粗い印刷が信憑性を疑わせる反面、見ている者にその光景を映画のワンシーンのように想像、補完させるという効果も持つ。そんな狡猾さを感じさせる記事だった。
エルザが指しているのは、人気絶頂のプランツロッカー、ロクだ。
「……で?」
ぽかんとした顔をするリウに対して、ぽかんと呆けた顔を返すエルザ。
「ええっ!?まだわかんない?……あぁ!!なるほど、紙面にこの写真しか載ってないんだ」
ではでは私の秘蔵の生写真を、とエルザが財布から一枚の紙切れを取り出し、さるお方の印籠のごとくリクに突きつけた。眼前に突き出された写真を注視したリウは、目を驚愕に見開く。
「えっ!?なんでアンタがこれを?」
そこには、リクが写っていた。
問題は、それが自分には全く実に覚えの無い一枚である事だ。
場所が何処なのかはわからない。背景は色とりどりのライトが煌いている。見慣れない派手な服を着て、さらに口元にはヘッドセットから伸びるマイクが…………マイクが?
リクの中で断片的に与えられていた情報が紐付いていく。
似ているというゼロの言葉。
やたらと注文が多かった美容院。
周りから突き刺さる萌えた視線。
今、何故自分はサングラスと帽子を付けさせられたのか?
「こいつが……雑草魂のボーカル様って事……?」
「おお、やっと気付いたか。リウはにぶいな。街中にライブ告知ポスターやらシングル宣伝のでっけえビル広告もあったのによー」
ゼロがからからと笑う。
エルザはリウを見て「ホントに良く似てるよねー待ち合わせ場所に最初来た時、本人かと思っちゃったもん!」と目を輝かせている。
「そこまで分かった所で、次は一面だ」
ゼロがページを畳む。そこには白地に花鳥風月が描かれた着物を羽織り、優雅に微笑む黒髪の女性の姿があった。【中央都市から初の来日!黒曜の歌姫・お市が金盞花の夜、MTV生放送でその歌声を披露!】の記事だ。
「こっちの歌姫は知ってるか?」
「ああ、さすがに」
お市の名前なら以前からリウも知っていた。中央都市での人気歌手ならば衛星都市からすれば高嶺の花。一面にもってくる事も理解できた。記事には出演番組MTV広報のコメントが掲載されており、お市と今夜の出演を取り付けるまでの涙ぐましい胡麻擦りと言う名の努力、だからこそこの夜は番組至上最高のショーをお見せできるだろうという鼻息の荒い宣伝、そして最後にテレビ局の警備を彼女に注力し、彼女を警護するので良からぬ事は考えぬようにという脅迫が、オブラートに包みきれていない文章で忌憚無く記されていた。
「まあ記事の事はいいからよ。一番末尾の出演者リスト。見てみな」
「え――っと……お市にハンナに雑草魂に……」
リウの言葉が尻すぼみとなって消えていった。くくくっとゼロが笑う。
「ほら、役者は揃ってるって事だ。MTVとしてもここぞと言う日に、何時も世話になってる地元の奴らも呼ばないわけには行かないからな」
「でも、たかだか一地方局がお市へのギャラを払った上で、さらに大量の警備を雇えるとは思えないじゃない?」
エルザは頬杖を着き、爪先でこつこつとお市の頭を飾る簪を叩く。
「きっと、この日MTVの全てのリソースはお市に捧げられるわ。そして地元のスター達は、普段ならばありえない、手薄いガードでほったらかしにされる」
「なら」
ゼロが鮫のように牙を剥いて笑う。
エルザが快活さを消して、一瞬だけ妖しく微笑む。
「「この日ぐらいは、ハンナの楽屋へ熱愛中のロクならば忍び込めるんじゃない?」」
リウはごくりと唾を飲み込んだ。
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