もえないひと 29

「萌えねーだってよ。まあ実際燃えねーんだけど」

 面白味のないコメントをしてゼロは自分で笑う。

「まあまあ、私はゼロに萌えてるよ。その艶々の黒フードもオルカみたいでかわいいし♪」

 ゼロの頭をフードごと抱き締めるエルザ。肌蹴たジャケットから覗く、一見して分かる大きな胸がゼロの即頭部によって押し上げられ柔らかく形を変えた。リウからすれば赤面必死の羨ましいシチュエーションだが、残念な事に当事者が浮かべる表情はフードの奥に隠れ見ることは出来ない。

「……とっとと座ってくれ」

「はーい」

 大人しくエルザもテーブルに着く。クーは傍にある芝生で昼寝中だ。これからの話はあまり聞かれたく無かったので、リウはほっと息を着く。 

「じゃあ、仕事の話を始めようか」

 無作法な姿勢のまま周りの視線を集めるのは得策ではないと判断したのか、ゼロは大人しく足を下ろし口火を切った。

「さっきのタブロイド誌、まだ持ってるよな?」

「ああ」

 リウが丸めて持っていたタブロイド誌を渡す。ゼロはぺらぺらとページを捲り、テーブルに目的の部分を広げ、ある一点を指差した。

「今週末、俺達はこれを盗む」

 指された先をリウは覗き込む。そこには画素の粗いインタビュー写真。

「これって……」

 淡い花弁に輪郭を揺らめかせた臨海都市の歌姫が、星を閉じ込めた瞳でリウを見つめ返してきた。その胸元には、羽根を広げた蝶を模した台座の上に鎮座した、見たこともない大きな宝石。

「シンデレラティア。このシケた街で一番のお宝よ」

 エルザが笑う。小栗鼠のように可愛らしかったが、小賢しくも見えてくる。

「この、目ん玉よりでけえ宝石を取ってくるのを、お前に頼みたい」

「は?」

「だから、これを、お前が、盗って、くるんだよ」

 コンコンと音を立てて爪弾かれた写真を瞬きもせずに見つめたリウは素っ頓狂な声を上げた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?無理でしょ無理!っていうかなんで俺」

 全力で拒否するリウを、エルザが商談向けの笑顔で迎え撃つ。

「あのね、それはリウくんが特別だからなの。リウ君は選ばれし者なのよ~~♪」

 いきなり宗教じみた単語を吐くエルザにリウはどん引きしながら疑いの眼を向ける。オレンジ色のマニキュアが塗られたエルザの細く長い指がページを捲る。よく見ると手には細かな傷が数え切れないほどに刻まれていた。動くたびに手錠が硬い音を鳴らす。

「ほらここ、この記事を見て」

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