もえないひと 28
四人目の共犯者は、大きなクラブサンドを頬張りながら満面の笑顔で現れた。
「おひゃひゃせ~♪まっふぁ?」
「待った……」
「一時間遅れだぜ……」
猫足の白い椅子にだらしなく座ったゼロとリウは、瞳だけを動かしてもぐもぐと咀嚼を続ける少女を見つめる。テーブルにはスナック菓子めいた固形肥料の包装と、数本のミネラルウォータの空ペットボトルが転がっている。最初こそ誰が来るのかと緊張しきりだったリウも、一時間経てはこのザマだ。掛け慣れないリウのサングラスはすでに取り払われ、クーの玩具となっている。
「ほへんほへん!」
大きく嚥下し、それからしっかりと持っていたカフェオレを一口啜る。クラブサンドとカフェオレの紙コップは長い指でもって器用に同じ右手で持たれていた。片手で頬張ったり啜ったりを少女は苦も無く行っている。レザージャケットにショートパンツ、足にはしっかりとしたエンジニアブーツ。アクティブな印象が強いのにこの庭園に溶け込んでいるのは、やはり服やアクセサリーが漏れ一つ無くハイブランドの物だからか。
「ほら、週末のために色々手配しとかなきゃじゃん?」
ドカリと大きな音を立てて、少女は反対の手に持っていたジュラルミンケースを床へと置いた。カットガラスやラメ入りビースでこれでもかと言うほど可愛らしくデコレーションされてはいるものの、その隠しきれない堅牢な佇まいと、取っ手と少女の細い手首とをしっかりと繋いでいる手錠の存在のせいで、ケースからは不穏な空気が発せられている。
「エルザ……お前その口に突っ込んでるクラブサンド。このビルのスカーレット・カフェの昼食限定メニューだよな?」
紅茶色に染められたポニーテールを揺らしてエルザが嬉しそうにクラブサンドをもう一口齧った。この世界の人間は須らく黒髪だ。歳を取ったり過剰なストレスで白髪になることを覗けば、皆黒髪と言っていい。だからそんな中、その遺伝子的形質に対して染髪という手段で抵抗している彼女はリウからすれば珍妙だった。
彼女の瞳は柔らかい杏色で髪に良く似合っており、髪を染めているのはその瞳のためなのではとリウは勝手に想像する。
「そうそうあれ超人気でさー!朝から並んでてもー昼食かっつーのって!!」
「もう十五時だっつーの!!おやつの時間じゃねーか」
口調を真似たゼロが不満も露にテーブルに長い足を乗せる。周りの人間の視線が俄然厳しくなり「なにあれ萎える―」「超萌えないんですけどー」と小さな非難の声さえ聞こえてくる。
ちなみに随所で使用される萌えるはプランツ発祥の、カッコイイ・カワイイ・キレイ・オシャレ等、すべての美辞麗句の代替語として使えるスーパー汎用形容詞だ。とりあえず良いと思えば萌えておけ、悪けりゃ萎えておけというのが今の若い世代の人間での会話のルールだったりする。
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