もえないひと 27

 そこは最上階、空中庭園だった。

 栄養価の高い土壌が敷かれているのだろう、生茂る木々は屋上から零れ落ちそうなほどに伸びやかに成長しており、地面には均一に芝生が生え揃って降り注ぐ日光を一身に受けている。緑に映える白い柵によって仕切られた花壇には、キャンディカラーのパンジーやマリーゴールドが咲き、訪れるものを歓迎するように風に揺れていた。

「きゃあ♪みどりがいっぱよぅ~~!」

 屋上階直通のエレベーターの扉が開いた瞬間、クーが大はしゃぎで駆け出していく。燦々と太陽の光が降り注ぐ庭園に、リウも目を見開いて言葉を失う。

「こんなに緑化事業が進んでいるなんて……」

「周りを見てみろ、ここらの高層ビルの屋上なんて大体どこも庭だ。成金プランツの為のな。俺が助けた奥さんもオーナーも善良だったが、善良な人間が平等な人間だとは限らない」

 確かに見渡せば各ビルの上に、こんもりと緑の茂る庭園が数えるのも面倒になるくらい存在していた。ビルの影になって地上の日照面積が減りつつある事への対策として造られているのだとゼロが説明する。

「知らなかった……」

「そうだろうな、みすぼらしい雑草プランツじゃあ絶対入れてはもらえない。その存在を知ることもなく、地上の狭い日照スペースに縋って生きていくしかない」

 リウは少なからずショックを受け、ふらふらと日の下に歩みを進める。

 生まれてずっと路地裏で息を潜めて生きていた。僅かに日の差すスペースに雑草プランツは寄せ集って生きていくことしかできなかった。

 大きな噴水が散らす飛沫に虹が掛かっている。リウはその水面に映った自分の姿を見た。昨日までの自分と今の自分。変わったのはこの外見だけだ。

 所持金も身分も思想も変わっていない。

 ただ見た目が小奇麗になっただけ。

 だけどたったそれだけで、ビルの警備員はあっさりとリウを通してしまったのだ。

「馬鹿みたいだ……」

 握り締めた拳が震えた。

 こんなに明るく、木は茂り花は咲き乱れる美しい庭が、リウの心を突き落す。

 ゆっくりと、ビルの屋上から墜落した彼の心は、地面に叩きつけられ粉々に砕けた。

「本当に、馬鹿みたいな世の中だよ…………」

 落ちた心は、這い上がるために決断するしかない。

 この状況を打破するために。

 この現状から逃げ出すために。

「そうさ、これが太陽(サニーサイド)だ――月(ムーンサイド)ならこんな差別は無い。向日葵もイチョウもタンポポも菊も、ただ黄色いプランツってだけだ」

 俯くリウの肩に手を掛けて、ゼロがさも気持ちは分かっているのだというように頷く。その目は隙無くリウの反応を窺っていたが、リウはそれに気付かない。

「日光浴びるのに必要なのがお綺麗な洋服だなんて、間違ってると思わないか?」

 ゼロの赤い瞳が真っ直ぐにリウを射抜く。

「抗えよ」

 その言葉は、袋小路に陥ったリウの心を大きく揺さぶった。

「抗って、抗って抗って抗え。このクソみたいな状況を打破したいならな。俺は手段をやる。お前は結果を出せ。それだけが、今お前が取れる選択なんだよ」

「…………ああ」

 リウの声音は、意を決した者のそれだった。ゼロはその返事を聞いて、ひっそりと浮かべていた笑みを深めた。

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