もえないひと 25
リウの叫びを余所に、店員が手早くリウにカットクロスをかける。
「いらっしゃいませー。本日はどのようなスタイルをご希望ですか?」
「これこれ、これにしてくれ」
「ハイこれですねー。かしこまりました!」
椅子に座らされたリウの後ろで、ゼロと店員が指示語しか使っていない会話を勝手に進めていく。伸びきって鼻先に届く程の長さの花弁の隙間から、不安そうにそのやり取りを見守るリウ。横では子供用の椅子に、ちゃっかりとクーもカットクロスを掛けられ座っている。
「にーここなぁに?」
「ここはな、花びらをキレイにしてもらうところだよ」
「おひめさまみたいに!?」
期待に頬を紅潮させるクー。考えればクーの花弁は生まれてこの方リウにしか鋏を入れられたことが無い。はしゃぐのも無理は無かった。
「おい、時間あるうちにこれ読んどけ」
ぽすりと放り投げられたのは、地方のゴシップ誌だった。一面には和装に着飾り髪を結い上げた美しいヒトが、粗い白黒(モノクロ)印刷でかでかと掲載されている。
「文字は読めるか?」
「ああ、一応」
「それは重畳。仕事に、関係無くは無いからよ」
どうせカットされている間はすることも無いのだ。リウは言われるがままに紙面に目を通しだした。
【中央都市から初の来日!黒曜の歌姫・お市が金盞花の夜、MTV生放送でその歌声を披露!】
【雑草魂ボーカルのロク、トップアイドルのハンナと熱愛!?】
【今日のインタビュー:ニューアルバム発売の前に薔薇の輝姫(きひ)、ハンナがその心境を語る】
何度か花弁が文字の上に落ちるのを払いながら、リウは記事を読み進めていく。ほんの数ページしかない中で、ハンナという薔薇プランツの歌手の記事が目立っている。どうやらこの臨海都市で売れっ子のアイドルのようだ。海辺に良く似合う珊瑚色の花弁がレースのように何重にも頭部を覆っていて、その姿は人形のように浮世離れして美しい。インタビュー記事に添えられた画素の洗い写真では、胸元に光る大きな宝石に手を添えて彼女は穏やかに微笑んでいた。
「うーん……可愛いんだけど……」
リウは眉根をわずかに寄せた。『このシンデレラティアが私に永遠の美しさをくれるの』と抜かれた台詞には正直少し引く。星を散らしたように夢見がちな瞳は吸い込まれそうに魅力的だが、なんだか造り物めいていてリウの好みではなかった。
「はーい、おつかれさまでした!」
すっかり記事に没頭していたリウは、その声にはっと視線を上げる。そして鏡に映る自分の姿に、服屋のときと同様に曖昧に手を振った。
「ハァイ、知らない俺」
其処には、適度に刈られた黄色の花弁をワックスで流し、今時の服を着た少年が困り笑顔で鏡を見つめている。ぼさぼさで伸びっぱなしの花弁に、染みだらけのカットソーを着ていた自分はもうそこにはいない。
「あ―――!!貴方まさかっ」
突然、横に控えていた店員が大声を上げた。その声を、鰭のように黒い袖を宙に舞わせながらゼロが遮る。
「かーんぺき!パーフェクトだぜお姉さん♪これ代金ね」
「しゃっ、写真だけでも……!!」
「はいはいまた今度ねーありがとーございましたー」
急いで携帯端末を取り出そうとする店員を尻目に、ゼロは右手にクーの身体をを、左手でリウの肩を抱えて店を出た。
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