もえないひと 24

「お客様~~よぉくお似合いですよぅ♪」

 間伸びすぎて褒められているのか貶されているのか判らない言葉を発しながら、ショップの店員が目を輝かせた。

「ほ……本当に?俺こんな服着たことないし……」

 リウは鏡に映る別人に向って手を振った。打ち捨てられたファッション誌でしか見た事のないような洒落た服。試着室に大量の服と一緒に押し込まれて、見よう見真似で何とか着込んで出てきたらこの店員の熱烈な歓待だ。どうしていいかわからずおろおろとするリウを他所に、ゼロは「これ全部着て帰らせるわ。あと此処に積んである試着済みの服も買うぜ」とレジに向う。彼は相変わらずの黒フード姿で、店の中で明らかに一番浮いていた。だがスラム街とは違い、店員は精一杯の愛想を振りまいてゼロに向き合い対応を行っている。彼の悪評――というか怪談は、あくまでもスラム街でのみ流布されているものらしい。

「そりゃあそうさ、スラム(むこう)の奴等と中流区画(こっち)の奴等がまともに話すことなんてねえよ」

 リウの疑問を、格差という言葉でゼロは一蹴する。

「金さえ出せばこっちの区画の奴は愛想してくれるからな。スラム(むこう)じゃ俺を厭って碌に食い物も買えねえから、全部こっちで買ってんだ。んで、そのせいで余計俺の実在性がスラム(むこう)で薄れちまうって寸法だよ」

 多少寄れてはいるが綺麗な紙幣を差し出して会計を済ませるゼロを、不思議な気持ちでリウは見つめていた。海の悪魔で、死神で、亡霊と恐れられる存在がレジに大人しく並び金を払う。しっかりとお釣りも受け取る。ついでにポイントカードも断りきれずに作らされている。酷く所帯地味たその姿がアンバランスで、どんどんゼロのことが分からなくなっていく。

「こんなに服ばっかり買ってどうするんだ?」

 両手に紙袋を抱えて店を出たリウは、ゼロの後を危なげな足取りで追う。その後ろを真似してケンケンパするようにクーがついて来る。小さな体が跳ねるたびに白いスカートの裾が、そしてそのスカートの内側から膨らませるレースが羽ばたくかのようにぽわりと揺れた。さっきの店でちゃっかり一緒に買ってもらった物で、初めて着たフリル付きの服は大層お気に召したらしい。その顔はにこにこと破顔しっぱなしだ。自然とリウの頬が緩みかけたのを、見計らったかのようなタイミングでゼロが声をかける。

「まあまあ、話だけも聞く気になっただろ?サービスだよ」

「だからってこんな……俺はモノには釣られないぞ?」

「釣られなくていい。俺はそこまで馬鹿な奴に声をかけたつもりはねえからな」

 さり気無くリウを買うような事を言うものだから、それ以上文句を差し挟める余地も無い。

 他にも目的地があるのか、ふらふらと泳ぐように先頭を歩くゼロ。不意に彼の体が店の中に消える。慌てて追いかけて店に飛び込むと、待ち構えていた店員が「どうぞー」と有無を言わさずリウを椅子に座らせた。

「次はそのぼっさぼさの頭だ!」

「な、何で!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る