もえないひと 23

「見ろ」

 白く尖った顎が影を濃くする路地の奥を指す。リウが視線を動かすと、そこにはナイフを突き立てられ赤い血溜まりに沈むヒトの姿がある。すでに事切れているがその手には蓋の開いたジッポーが握られていた。

「!?これって……」

「相打ちだ。大方クスリの売買ででも揉めたんだろ」

 ゼロは死体の身なりを確認すると鼻を鳴らす。そして血溜まりに黒いブーツを浸しながら死体へと近づいた。死体は二十代後半ほどの男でスーツ姿、その襟元からゼロは何かを毟り取る。

「やっぱり。こいつはユグドラの構成員だ」

「ユグドラ?」

 赤い足跡を残しながら戻ってきたゼロが、その掌に握っていたものをリウへと見せる。

それは樹の形をした金色の小さなバッヂだった。絡まった毛糸のように複雑な根の部分の方が生茂る葉の部分より大きいという変わったデザインで、緻密な細工によって表現されたそれはとてもこのスラムに出回るものとは思えない出来栄えだった。

「この臨海都市アクアリオ最大最悪の非合法組織『ユグドラ』、何でもアリの連中だ。今一番の売れ筋はプランツ専用ドラッグで、ここんとこ毎日ジャンキーか構成員が死体になってここらに転がってる」

 今日は両方だけどな、と肩を竦めるゼロ。そこにはさっきまで燃えていくプランツに向けていた優しさなど微塵も感じられない。サイコロの目のように変化する彼の態度は危うさを内包していたが、まだそれは薄い影のように不確実で、リウが意識することはなかった。

「その内警察が来る。さっさと離れるぞ」

「バッヂは返さなくていいのか?」

「これさ、後ろ盾の無い弱腰の連中にすっげえ高く売れるんだぜ。付ける向きすらわかんねえような馬鹿な奴によ。それに、戻しに行ってこれ以上靴が汚れるのは御免だ」

 近づいたのは自分だというのに、しれっとそんな事を言って黒い裾を翻した彼は、躊躇なくさっきまでプランツだった灰を踏み散らかして路地から出ていく。

「おいっ!仮にも遺灰だろ!?」

 リウの非難に眉を顰めゼロは首を傾げた。

「なんでだ?継代(コピィ)も残せなかった遺骸に何の意味がある?」

「それは……ゼロはヒトだからそんな事を言うのか?」

「あ?」

「継代(コピィ)を残さずに死んだプランツに価値なんて無いって?」

 極論で言えば、ヒトにとってプランツは酸素を供給してくれる生命維持装置と同じだ。だからこそ絶対的酸素産出地である月(ムーンサイド)にヒトは余計な手出しをしていないし、奴隷時代と違って今プランツの焼殺は法律で重罪とされている。焼殺が一番手っ取り早いからこそだ。

 燃やさなければ、プランツは死する時に自身の継代(コピィ)を残すことができる。

 そして継代(コピィ)が生きて息すれば、また酸素がこの世界に還元されるからだ。

「ヒトだろうがプランツだろうが関係ない」

 フードを目深に引き下げて、リウから見えたのは彼の薄い唇だけだった。

「何?」

「どっちだろうと、最後には燃え尽きて消える」

 路地を吹き抜けた風が、彼の足跡を刻んでいた灰をあっさりと吹き飛ばした。

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