もえないひと 17
明確には帰化ではない。国籍が変わるというより太陽(サニーサイド)での国籍を捨てる、に近い。
なぜなら、月(ムーンサイド)には国という概念がそもそも無いからだ。三日月状の大陸はその殆どが青々とした原生林に覆われており、其処には数千万のプランツが何の制約も無く自由を謳歌していると言われている。曖昧な情報ばかりなのは、国勢調査を行うような統括機関が存在しないが故にだ。
そんな状態だから、緑溢れる月(ムーンサイド)の樹海に一度でも入り込めば、二度とヒトに追い立てられることは無い。いくら資源に富んだ美しい大陸でも、航空機を得て攻め入ることが可能だとしても、人が月(ムーンサイド)を脅かすことは決して無いからだ。
なぜなら、ヒトはそこに世界の心臓があると理解したから。
月(ムーンサイド)の地に降り立ったその日。ヒトは最初月に住んでいたプランツをも掌握しようと考えていた。その斥候としての役割も担っていた四人は、月(ムーンサイド)にもヒトは生息しているのか、いるとすれば彼等の文化や技術の水準は太陽(サニーサイド)と比較してどの程度なのか等を調査する事を命じられていた。
深い緑を湛える樹海に包まれた月(ムーンサイド)には、その環境からヒトは生まれておらず、プランツのみが生活を続けていた。元々同じ源流から派生していたこともあり、月(ムーンサイド)のプランツが使う言語体系は太陽(サニーサイド)のプランツのそれと良く似ていた。その為、ハイブリッド言語が公用語となっていた太陽(サニーサイド)のヒトは、コツを掴めば比較的短時間で彼らの言葉を理解することが出来た。
ヒトを知らなかった月(ムーンサイド)のプランツは最初は警戒こそしていたが、似通った言葉で話しかけてくるヒトに興味を覚えたらしく、その内わらわらと森の奥から姿を表すと、花弁も生えていおらず、皮膚も堅くないこの珍客たちをもてなしたという。ヒトは自分達が自国でプランツを奴隷として使っていること等おくびにも出さず、情報交換を行ったそうだ。
彼らは国こそ形成しては居なかったが、文明や学問が無いわけではなく、むしろ自然科学や植物学等の分野に関しては太陽(サニーサイド)に先んじていた。月(ムーンサイド)はヒトの生態に興味を持ち、しきりに検査や調査を依頼してきたという。
そして数か月の後、彼らは『やっとわかった』と何でもないことのように、この世界の仕組みを最初の到達者(ファーストデパーチャー)達に説明した。
この世界は酸素が薄い。広大な海にポツリと浮かぶ月(ムーンサイド)と太陽(サニーサイド)だけが陸地で、あとは全て海。割合として陸は一割にも満たない。本来なら酸素が不足してヒトが生存できない環境に世界が変遷してもおかしくはなかった。そんな過酷な環境下でヒトは、太陽(サニーサイド)は自らを包むように存在する月(ムーンサイド)からの酸素の供給によって、生きることができていたのだ。
もっと言えば、呼吸するだけで高効率に酸素を排出する、プランツが存在するからヒトは生き長らえることができるのだと。
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