もえないひと 16

「いや……ここに着いたのは偶々なんだ。まさかアクアリオだったなんて」

「へえ、前は何処の街に?」

「シャンデラだよ。中東の街さ」

 其処彼処に吊り下げられたガラス細工が、涼やかな音を奏で続ける谷底に造られた街。太陽(サニーサイド)の中心部である中央都市と海岸の中間程度に位置している。

「シャンデラなぁ――中央に近い分此処よりよっぽど治安は良いトコだろ。その分保守派の力も強そうだけど」

「ゼロの想像通りだよ。ヒトはヒトらしく、プランツはプランツらしく。太陽(サニーサイド)を保つのは各々の節度在る行動に掛かっている、なんてさ。保守派の綺麗な服着た信者が教本抱えて棲む場所もない俺達に生き方を説いてくるクソみたいな街だ――あんな所、長く居られる筈がない」

 だから夜の闇に紛れ、リウは眠るクーを抱きかかえてトラックの荷台に忍び込んだ。そうしてシャンデラから逃げ出してきたのだ。

「だろうな、その子見ればわかるよ」

 ゼロがゆるりと赤い瞳を流して肩口に掴まるクーを見やった。全ての色が抜け落ちたかのような白い花弁と、穴だらけの大人用のセーターが潮風に吹かれ靡いている。

「てっきり俺は月(ムーンサイド)に帰化したくてアクアリオに流れ込んできたプランツだとばっかり思っていたんだが――これを、シロツメクサだと偽って生きていくのはさすがに無理だろうしよ?」

「それは……」

 言葉を失うリウ。そんなことはクーの保育者(ガーデン)になってからの四年間、街から街へ当て所無い生活をしてきた自分が一番痛感していた。

「この街(アクアリオ)の噂くらいは知ってたんだろ?」

「……聞いた事はな。月(ムーンサイド)と太陽(サニーサイド)の距離が最も近い地点にある臨海都市――そこからなら飛行機でプランツを月(ムーンサイド)まで運ぶことが出来るって。そうすればこっちのルールにしばられない生活が送れるって――でも、それは下層プランツの妄想じみた御伽噺だと思ってた……なあ、ゼロ、この話は本当なのか?」

「概ねあってる、かな」

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