もえないひと 15

 ヒトは何時しか自分達の住む円形の大陸を太陽(サニーサイド)、そして遠く海を隔てた大陸を月(ムーンサイド)と呼ぶようになった。太陽(サニーサイド)の中心にヒトは社会の中枢を担う都市を造り上げ、大陸の全方位に対して秩序と安定を齎すべく統制の目を光らせるようになる。急激な文明の進化は能力ある者が手を尽くして、やっと手綱を抑える事が可能なものだった。能力在る者が技術や哲学を制して都市国家を構築し、王政という言葉が生まれることの無いまま民主主義的な議会制が導入された。

そしてその陰で、プランツの文化はゆっくりとヒトの文化に塗り重ねられていった。奴隷だったプランツ達はヒトの着飾る姿に憧れ、豪華な屋敷や芸術品に目を奪われ、ヒトの歌や踊りを真似するようになった。

 プランツを犠牲にして謳歌を極めたヒトの文化――いや、欲望とも言うべきものは、やがてまだ自分の手の届いていないものに向けられる。

 遠く海の向こうにあるとされる月(ムーンサイド)。自分達が生まれる前に分かたれてしまった大地の片割れ。

 ヒトは月(ムーンサイド)に思いを馳せた。太陽(サニーサイド)と月(ムーンサイド)を隔てる激しい海流に阻まれ、泳ぐことはおろか船すらも渡すことができないまま、長い時間夢の大陸を想像し続けていた。

 ヒトは求めた。手を伸ばした。月を、月をと。何も知らない無知な子供のように。

 変化が訪れたのは、五百年程前。陸送と沿岸部の短距離の海運によって、輸送が安定していたために必要とされておらず進歩の遅かった空運の発達――それが、月(ムーンサイド)へ行きたいという強い思いを持つヒト達の目を惹いた。

 月(ムーンサイド)へ行きたい。ただそれだけの目的の為に飛行技術が研究され、航空機が開発された。金属のツバサを持つ優雅な海鳥にも似た航空機『カモメ』は劇的に月(ムーンサイド)と太陽(サニーサイド)の距離を縮めた。

『私はカモメ』そう言ってフライトに成功した操縦士は空を駆け、夢にまで見た月(ムーンサイド)へと降り立った。

 『これは小さな一歩だが、ヒトにとっては大きな一歩だ』と月(ムーンサイド)の土地を踏みしめた最初のヒト――カモメの操縦士と、乗客であった研究者、探検家、そして護衛――最初の到達者(ファーストデパーチャー)と呼ばれる彼等は、深い森の中で静かな生活を続けていたプランツに出会う。


 そして世界の仕組みを知った。

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