もえないひと 12

 暖かい。

 瞼の隙間から入り込む光。

 少し強い湿った風。

 嗅ぎ慣れない生臭い匂い。

 ゆっくりと揺らされる身体。

「うう~~」

 まどろむ思考はその心地良さに簡単に溺れる。リウは身体を転がして自身を揺らす手から逃れようとした。

 だが、

「にー!!」

「うえっほ!?」

 大きな声と共にぼすんと鳩尾に柔らかな塊が沈み込む。その衝撃で、息の詰まったリウは大きく咽ながら覚醒した。

「にー!ねぼぉ!」

 目の前には小さな妹が、紅葉のような両手で、リウの腹を太鼓のように叩いている。

「ここは……?」

 罅割れたコンクリートの床。そこに敷かれた褪せた色の毛布。同じくコンクリートの天井と剥き出しの配管に、傘のない裸電球。どうやら建物の中らしい。

 クーを抱き上げてリウはむくりと起き上がった。途端に強い光が寝起きの黄色い瞳に突き刺さる。

「まぶしっ!?」

 びっくりしてクーの背中で反射的にガードしてしまう。それから恐る恐るもう一度光へと目を向けた。徐々に目が慣れ、視界一杯に広がる景色が何かをやっと理解する。リウは思わず感嘆の声を漏らした。

「うわぁ……」

「にー!すごいねぇ!」

 きゃっきゃっとクーが幼く笑う。

 透明な青い光。

 眼前見渡す限りが、水で満たされていた。さっき眩しいと感じたのは水面の反射光が原因だ。太陽は既に南中を越えており、早朝に倒れてから六時間以上も気を失っていたようだった。

 揺れる波と共に光のモザイク模様を変化させる大海原に、リウは言葉も無い。只々その光景に目を奪われていると、不意にリウの後頭部に冷たく硬いものが押し当てられた。

「油断しすぎだぜ」

「……!?」

 振り返ることも出来ずに硬直するリウ。だが抱きかかえていたクーは、その声の主に満面の笑みで浮かべる。

「ゼロー!」

「……ったく、折角の緊張感が台無しじゃねーか」

 呆気に取られるリウの頬に、後頭部から滑るようにその冷たさが下りて来た。 

 それは、良く冷えたプランツ用の栄養飲料水だった。

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