もえないひと 13

「改めまして、俺がゼロでーす」

 床に胡坐をかいた黒フードの青年は、笑っているようにも、小馬鹿にしているようにもとれる曖昧な表情で右手を上げて挨拶した。路地裏の時とは違い、多少浅く被られたフードのおかげで、今はゼロの赤く輝く瞳を確認する事ができる。フードの隙間から覗くのはウェーブの掛かった墨色の髪。黒髪はヒトの特徴だった。

「風強いから、しっかり掴まってろよ」 

 ゼロの肩にはしっかりとクーが張り付き、不思議そうに黒い肩口を握る手を何度も開いたり閉じたりする。

「ぐにぐにー」

 どうやらゼロの着ている服は、見た目通りゴムやシリコンのような触感があるらしい。

 全体的にゆったりとしたシルエットのゼロのパーカーは、何か特殊な材質で出来ているのか妙に分厚く、その裾は艶々とした光を湛え、重油のように床に大きく広がっていた。まるで小さなクーが、水面から顔を上げたシャチの背中に乗っているかのようだ。うろおぼえの図鑑の挿絵を思い出しながらリウはそんな感想を抱く。

「ゼロ、か。さっきは助けてくれて有難う。俺はリウ。そんでそっちが」

「くーだょ!」

「そうそう、クーちゃんだよな」

 どうやら自分が倒れている間に既に自己紹介は済んでいたらしい。ゼロとクーが顔を合わせて笑っている。

「ところで……」 

 我に返ったリウは周りを見渡し、自分が座っているこの場所に対する純粋な問いを吐く。

「ここ……何階?」

「三十四階」

「ああ三十四階か、通りで眺めも良くて…………って危なっ!」

 高さがではない。問題は、今居るフロアの壁が半分以上存在しない所がだ。

 等間隔に建つ支柱の間は、元は大部分がガラス張りだったのだろう、今やその殆どは割れていた。だからこそ起き抜けに水平線さえも拝することができたのだ。塩分を含んだ重たい風が花弁を煽るたびに、窓枠の下に広がる景色を想像してリウの動悸は激しくなった。

「危なくねーよ。俺ずっと此処住んでるし。いいぜぇ、廃ビルだから家賃タダだし。水道ガス電気インフラは、友達が繋いでくれたから奇跡的に生きてるし」

「いやアンタ一人の生存率で確証を取られても……」

「ちなみに去年の台風の時は一回落ちたけどな。派手に折れて刺さったぜー」

「……何がだ、肋骨がか?肺になのか!?」

 やっぱりすぐに下りたほうが――と本気で悩むリウをまじまじと見たゼロは、急に愉快そうに「へぇ」と口の端をあげた。その表情の変化にリウは気付いていない。

 ゼロは顎で青く何処までも続く海を顎でしゃくって見せた。

「んで、なんでこの臨海都市アクアリオに来たの?やっぱりお前らも月(ムーンサイド)に行きたくて?」

 月(ムーンサイド)。その言葉にリウは息を呑む。

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