もえないひと 10
リーダーの少年は、無我夢中に走って路地裏のより奥へ奥へと逃げ込んでいた。本来なら自分達のナワバリである中流区画に一目散に戻るべきだったのに、突如現れた炎を纏った化け物に錯乱し、足が勝手に化け物の立っていた位置から遠ざかるように――より下層区画の奥まった方へと動いてしまったのだ。
「くっそ……ここ、どこだ……?」
完全に仲間とははぐれてしまった。少年は流れた汗を襟元で拭う。美しく輝く金色のバッヂが視界に入った。繊細な細工で以って作られた、毛細血管のような枝葉を広げる大樹を模した小さなバッチだ。
「話が違うじゃねえか……これがあれば絡まれる事なんて無いって話だったのに」
元々彼等は中流区画で屯していたグループだった。そこそこの人数になって急に警察から目を付けられ、公的権力の威光がある程度残っている中流区画では好き勝手しにくくなった。そこでもっと闇の深い方へと、下層区画に彼らは足を伸ばしたのだ。お守り代わりに買ったこのバッヂを掲げながら。自分達に恐れるものなどないという勘違いで胸を一杯にして。
走り続ける少年の足には限界が訪れていた、曲がり角の手前でスピードを緩め、壁に手を掛けて荒い息をつく。
「ぜぇっ……ぜえっ……」
ゆっくりと後ろを振り返るが人影は無い。無事化け物からは逃げ果せたようだ。ほっと少年は肩の力を抜く。その瞬間、ガッという鈍い音が彼の鼓膜を揺らした。
ガッ「もっ」ゴガッ「やめでっ」ガッ――
曲がり角の向こうから、何かを殴りつける音がする。角に掛けた少年の手が凍りつく。いっそリズミカルにさえ聞こえてくる打撃音の合間に挟まれる短い悲鳴。少年は息を止めて角に掛けていた手を引き戻そうとする。小指、薬指、中指――そっと最後の指を剥がし手を引こうとした瞬間、にゅっと角から飛び出た手が、少年の掌を握り締めた。
「――――っ!?」
悲鳴すら上げることも出来ず硬直し目を見開いた少年の腕が引かれ、角の向こうに連れ出される。
「良い音だ。聞き惚れるだろう?」
握られた少年の手の先に、白い髪を暗い路地の陰に沈ませて笑う青年がいた。ストライプのネイビースーツをきっちりと着こなし、その上から髪と同じ白いコートを羽織っている。端正な顔に浮かぶ穏やかな笑顔につられて少年は微笑みを返そうとしたが、同時にその青年の背後で繰り広げられている惨劇が視界に入り、笑顔は無様な恐怖を含んだものへと歪められた。
青年は背後を振り返り掌を振る。
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