もえないひと 02
朝靄のかかる灰色の町並みを、一台の幌を被ったトラックが走っていた。
昨夜大陸の中東部の街を出発し、一晩かけてこの街に荷物を運ぶ。中身はプランツのための有機栄養剤。新フレーバーの発売日が今日だったので、ドライバーは何としても今朝5時までに倉庫へ搬入しなければならなかった。高速を降りて街に入る。
これなら間に合いそうだ。安心したドライバーは眠い目を擦った。
「おっ」
タイミングよく自分の走行側にコンビニが見えたので、トイレついでにコーヒーでも買おうとトラックを留めた。店の中にドライバーが入っていく。
ドライバーがコンビニに吸い込まれていったのと同時に、トラックの幌が揺れた。閉じられていた幌の隙間を、石膏のように白い腕が分け広げる。するり、と猫のように荷台から一人の少年が地面の上に降り立った。少年は素早く荷台からもう一人小さな少女を抱き下ろすと、その手を引いてそそくさとトラックから離れる。
丁度その時ドライバーが戻ってきたが、歩き去る二人の背中に僅かに視線を送るだけだった。二人は鞄の一つも持たず、埃と毛玉だらけの大人物の服を着ていた。一目でスラム街に住む子供だとわかる。どこの町にも巣食う、鼠のようなものだ。ドライバーはエンジンをかけっぱなしだったトラックに乗り込むと、車を発進させた。
一晩中聞いていた排気音。小さくなっていくその音は、もう元の町には戻れないことを少年の心に沁みこませるようにゆっくりと聞こえなくなっていった。
「にー?つぎはここにすむの?」
幼い少女が小さな手で一生懸命少年の薄汚れたジャケットの袖にしがみ付いている。大きな瞳で見上げてくる妹に、兄である少年は無理矢理作った笑顔を返した。柔らかな杏色の光線を放つ、太陽がビル群の隙間を縫うようにその頭を覗かせ、二人の影をおぼろげにアスファルトへと刻んだ。
「そうだよ。俺達はこの町で暮らすんだ」
どうせ、どこに住んでも変わらないんだけどな。
そう続けたかった言葉を飴玉のように飲み込んで、少年は幼子の頭を優しく撫でる。
少女の頭には、白く可憐な花が咲いていた。髪に同化しているのではない、花弁が進化して髪となっている頭部。汚されたことの無い雪のような花弁は少女の顎まで流れ落ちている。少女と手を繋ぐ少年の方は、頭部には黄色の花が咲き乱れ、ライオンのようにその頭を彩っていた。
「自然公園とか、あればいいんだけど……」
「うん!くーひなたぼっこしたい!」
幼い少女――クーは公園と聞いて嬉しそうに頬を緩める。そういえば此処の所、日光も碌に浴びていなかった、と少年は顔を曇らせる。ぐるりと周りを見渡すが、この街も例に漏れずコンクリートによって隙間無く地面は舗装され、街路樹の類なども殆ど見られない。
「ここも、緑化事業はされてないんだな……」
暗い表情の兄に同調して、クーも漂白したような白い瞳を翳らせる。それを見て慌てて少年は明るく取り繕い両手を広げた。
「大丈夫だって!今までリウ兄ぃが全部上手くやってきただろ?だからここでも楽しくやれるさ!」
陽光色の花弁を勢い良く揺らして熱弁するリウの姿に、クーは元気付けられたのか、こくこくと頷き真似をして両手を広げた。まだ四歳のクーの身長は、リウの腰にも届かない。
「よし!まずは腹ごしらえと日光浴だな。クーはこれから沢山おっきくなって、綺麗な蒲公英になるんだからよ」
そう言うリウ自身も十七という年齢からすれば小柄だった。二人とも日光不足が眼に見える形で成長に現れているのだ。栄養剤では補えないほどに。
慣れない街を覚束なく彷徨う兄妹。老朽化した高いビルが立ち並ぶ街は寂れ、アスファルトの地面にも至る所に罅が入っている。壁に背を預け路上に座り込む人々は皆、埃と垢に汚れた服を纏い、ちらちらと前を通りゆく二人に視線を送る。
だが二人にはそんなことは気にならない。前の街も似たり寄ったりのスラムだったのだから。
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