第2章
場面12
ヤマカワの大学教授時代の研究室。
畑本、教科書を持って立っている。
ヤマカワ「この前の試験でも学年一位だったよ。もう質問することなんてないだろう(笑)」
畑本 「いえ!そんなことは!」
ヤマカワ「まあいい。座りなさい」
畑本 「はい」
ヤマカワ「どうして君は産科に一番興味があるんだ?」
畑本は熱量高めに話す。
畑本 「命が生まれる現場に立ちたいんです。」
ヤマカワ「へえ。素晴らしいね。でもそんなに簡単じゃないよ。産科医が呼ばれる出産はハイリスクなことが多い。訴えられる可能性も高い。」
畑本 「はい。知っています。それでも私は。生まれてくる前の命も救いたいんです。ヤマカワ先生はそういう研究をなさっていると聞いて・・・。尊敬しています」
ヤマカワ「やめないか。面と向かって言われると困るだろう」
畑本 「最近はどんな研究をなさってるんですか?」
ヤマカワ「最近は、これは私の研究とは公にしていないが、出生前知能診断の実用化に成功した。大きな進歩だよ」
畑本 「え?」
ヤマカワ「知らないのか。勉強ばかりしていないでちょっとはニュースも見た方がいいぞ」
畑本 「はい(心ここにあらず)」
ヤマカワ「この診断で、子どもが生まれる前から教育を選べるようになった。知能の高い子にはより良い教育を、低い子にはその子にあった教育を。素晴らしいことだ。あ、そろそろ会議の時間だから、続きはまた後日」
ヤマカワは部屋を出ていく。
畑本 「・・・・・」
暗転
畑本が一人で立っている。(スポットを当てる)、香月は椅子に座っている。
畑本 「衝撃でした。まさか尊敬する人が、私の最も憎むべき人だったなんて。あの診断は生まれる前に子どもの可能性を奪う、いや、命を奪う殺人兵器なのだから」
着ていた白衣を脱ぎ捨てる。
畑本 「私は真実を書くために、そしてヤマカワに復讐するために記者になりました。」
畑本は香月のいる机まで戻る。
その最中に明転。
香月「ちょっと。用が無いなら帰ってくれる」
畑本「そういうこと言わないでよ。高校からの仲でしょ」
香月「ほとんど話したことも無かったくせに。あたし、仕事行かなきゃいけないんだけど」
畑本「うん。行ってらっしゃーい(スマホでも見ながら)」
香月はため息をついて出ていく。
その後畑本は本の山を漁って日記帳を見つけて読む。
香月の告白が書かれたページで手が止まる。
照明変化。
場面13
地明かり。
香月探偵事務所。
顔を見合わせず座っている香月と坂井。そこに畑本が飛び込んでくる。
畑本「やられた」
香月「なに」
畑本「記事、差し止められた」
香月「・・ある程度予想してたでしょ」
畑本「テレビに関してはね。でも週刊誌も全部よ。まさかここまで腰抜けとはね」
坂井「・・どうするんですか」
畑本「うーんそうね。・・てかさ、なんなのこの空気」
香月「別に」
畑本「うわ。別に。昔から言ってたもんねー。某女優が事件起こしたとき、香月を参考にしたのかと思ったもん」
香月「関係ない!ていうか古いわ」
畑本「とにかく、何か別の方法考えないと。攻める姿勢でいかないとだから」
香月「あたし・・」
畑本「え?」
香月「あたし、辞める」
畑本「は?ここまで来て?」
香月「もう無理」
畑本「一回失敗したくらいで諦めるの」
香月「・・もういいって言ってるの」
畑本「ふん。あんたも腰抜けだったとわね。見損なったわ」
畑本は出ていく。
坂井「・・あたしのせいですか」
香月「・・・」
坂井「この前余計な事言ったから」
香月「そうよ。でも違うの。・・弱いの。」
坂井「え」
香月「いたって普通に生きてきたって言ったけど、そういう人間って案外弱いよ。他人の気持ちを考えて生きるってことをしてないから。」
坂井「そんなこと」
香月「あたしはそうだったと思うの。とにかく自分を守りたいから、弱くなる」
坂井「・・・」
香月「あの時だってそう。あたしは子どもより自分が大事だった。でも後になってすごく後悔したけど。遅いよね。普通に生きられなくなって、やっと気づいたの」
坂井「なんで、出生前知能診断を?」
香月「流されて。妊娠が分かって、子どもをどうするかもまだ決めてないとき。みんな受けてますよって言われたら受けちゃう人間だったの」
坂井「・・・」
香月「もしあの時子どもの知能が高かったら私は・・。中絶しなかったかも」
坂井「そんな」
香月「だから私はあの政治家たちと同じ。いや、もっと酷い人殺しなの。だから本当は責める権利が無い」
坂井「違いますよ。香月さんはあんな政治家たちと同じじゃない」
香月「協力しちゃいけなかった」
坂井「違います。だって分かってるじゃないですか」
香月「何を」
坂井「それが罪だってこと」
香月「・・・」
坂井「罪を全部受け入れて生きてるじゃないですか。人の為に生きる人になってるじゃないですか。」
香月「そんなことじゃ」
坂井「あなたが止めないで誰が止めるんですか。政治家の、あの診断の罪を」
香月「・・・」
坂井「あなたは分かるはず。だから、あなたがやるしかないんです」
言い終えて坂井は事務所を出ていく。香月、少し考えてパソコンに向かう。
照明変化。ヤマカワ出てくる。香月捌ける。
場面14
タカハシがラボに入ってくる。
タカハシ「博士」
ヤマカワ「なんだ」
タカハシ「なんとか間に合いました。でも次は無いと思ってください。」
ヤマカワ「パソコンに侵入された形跡がある。情報はここから盗まれたんだな」
タカハシ「だからデータは消してくださいと言ったはずです。」
ヤマカワ「あれから5年。順調に行っていたというのに」
タカハシ「何冷静に言ってるんですか。もし、全部が明らかになってしまったらこの国は終わりです」
ヤマカワ「・・君は私に何を求めている」
タカハシ「ですから。記者が狙ってるんです。もう少し危機管理を」
ヤマカワ「俺はお前らの言いなりになるつもりはない」
タカハシ「・・は?誰のおかげで」
ヤマカワ「俺のおかげだ。出生前知能診断を開発したのは俺だからな。お前らはそれを利用しているにすぎない」
タカハシ「あなたは・・」
ヤマカワ「この国がどうなろうと関係ない。いざとなれば捨てればいい話。研究はどこでも出来る。出生前知能診断にこだわるつもりもない。金は十分稼いだ。それを使えばいい」
タカハシ「そんなこと出来るわけ」
ヤマカワ「金はいくらでも積むし必要なら整形だってする。・・・あんた分かってるのか。政治家ってのは大概腐ってるからな。もしこれが明らかになった時、猫山はどうすると思う。間違いなく、最初に切るのは秘書のあんただ。全ての責任を押し付けてな。」
タカハシ「そんなこと言われなくても」
ヤマカワ「だから危機管理なんて俺には関係ない。稼げるだけ稼がせてもらう。危機管理した方がいいのはあんたの方じゃないのか」
そう言って、タカハシを無視して仕事を始める。
いつの間にか出てきている畑本。
タカハシはラボの外で待っていた畑本と遭遇する。
畑本 「卑怯な手で邪魔しないでくれますー?」
タカハシ「分かってるの?」
畑本 「何がです?」
タカハシ「あなたがやろうとしていることは、この国を潰すこと」
畑本 「あー、でしょうねー。こんなことバレたら国際的にもやばいですよねー」
タカハシ「分かってるんだったらもっと穏便に」
畑本 「許しませんよ。」
タカハシ「・・・」
畑本 「こっちはそんな覚悟でやってないんで。タカハシさんもほんとは分かってるんですよね」
タカハシ「え?」
畑本 「絶対許しませんから・・・・。それじゃーまた会いましょう」
畑本、去る。
タカハシはラボを見て(ヤマカワを見て)立ち去る。
照明変化。香月出てきて携帯を気にする。ヤマカワ捌ける。
場面15
地明かり。
香月「本当ですか!?ありがとうございます!はい!よろしくお願いします」
電話を切って座り、急いでパソコンに向かう。
坂井「見つかったんですか?!」
香月「うん。小さい雑誌だけど無いよりいいでしょ」
香月はそう言いながらスマホで連絡する。
香月「送信!」
その途端に畑本が飛び込んでくる。
畑本「どういうこと?!記事載せてくれるって?!」
香月「いくらなんでも早すぎでしょ!」
畑本「細かいことは気にしないの。ていうかなに、辞めるんじゃなかったのー?」
香月「気が変わったの!細かいことは気にしない!」
畑本「はいはい承知しました。それでどんな手使ったの?」
香月「特別なことは何も。前に仕事した出版関係の人に声かけただけ」
畑本「やるねー。たまには探偵も役に立つじゃん」
香月「たまにはは余計!」
畑本「(無視して)じゃあ、あとは直接対決だけだね」
坂井「直接対決って、大丈夫なんですか?」
畑本「どうなってもやるしかないよ」
香月「大丈夫よ。3人いればなんとかなる」
坂井「(頷いて)そうですね」
香月「記事が出るのは明日の朝」
畑本「早速だね。気合い入れないと!あ、前哨戦、行く?」
香月「あーあたしは。まだちょっとやることあるから、二人で行ってきて」
畑本「そ?じゃあ坂井さん行こうよ」
坂井「あ、いや私も、子どもと過ごそうと思って・・」
畑本「あ、そっか、じゃーあたし一人で行くかな!一人焼肉か一人居酒屋か・・」
香月「あんたのそういうところは本当に尊敬する」
畑本「なんか言った?」
香月「何にもないよ。じゃ、明日の朝ここで」
畑本「はーい。行ってきまーす」
坂井「また明日」
香月は一人パソコンに向かう。
照明変化。ヤマカワ出てくる。
場面16
ラボにタカハシが週刊誌を持ってやってくる。
タカハシ「今日発売です(言いながら渡す)」
ヤマカワ「知らないなこんな雑誌」
タカハシ「やはり2度目は防げませんでした」
ヤマカワ「どうするんだ」
タカハシ「分かりません。猫山議員はまだ記事が載ったことすら知らないと思います」
ヤマカワ「お前・・」
タカハシ「こうなった以上私との関係は終わりです。もう勝手にしてください」
タカハシは言い切って出ていく。
ヤマカワは週刊誌を床にたたきつける。
照明変化。ヤマカワ捌ける。坂井、畑本出てくる。
場面17
香月探偵事務所。3人で雑誌をのぞき込む。テレビニュースが付いている。
坂井「ほんとに載りましたね」
畑本「ほんとに載った」
香月「あたしが交渉したんだから当たり前でしょ」
坂井「これ、どこまで広がってるんでしょう」
香月「そんなに規模の大きな雑誌じゃないし・・」
畑本「相手もバカじゃないし、対策取られる前に行かないと」
坂井「じゃあ急がないとですね」
畑本「うん。坂井さんも頑張って。香月、行くよ」
香月「あたしまだやることあるから先行ってて」
畑本「ええ!・・分かった。」
香月「また連絡するから。気を付けて」
畑本「大丈夫。あたしを誰だと思ってんの。じゃ、後でね」
畑本は足早に出ていく。
坂井「じゃあ私も行ってきます」
香月「待って。あたしね、もう一つ用意してることがあるの」
坂井「なんですか?」
香月「とどめを刺そうと思う。説明するから座って」
坂井、座る。
暗転
場面18
畑本が研究室に入ってくる。
ヤマカワ「なんだいきなり・・・・君は」
畑本 「お久しぶりです。先生」
ヤマカワ「・・今更何の用だ。」
畑本は普通に取材するように近づく。
畑本 「政治家との癒着が明らかになりましたが、今どのような気持ちですか」
ヤマカワ「もういい」
畑本 「被害者への謝罪は」
ヤマカワ「もう気が済んだだろう」
畑本 「いいえ。こんなので済むはずがない!」
ヤマカワ「・・・」
畑本 「あなたは、尊敬される研究者だった。なのにどうしてこんなことを」
ヤマカワ「別に。もともとこういう人間なんだよ」
畑本 「違う。出生前知能診断を開発した時のあなたには志しがあった。その診断も私には許せるものじゃないけど。でも、あなたには研究者としての志しがあった。」
ヤマカワ「うるさいな・・」
畑本 「5年前、安心したんです。あの診断が悪だとやっと認められた。医学部を辞めて、記者になって真実を書き続けたことが報われたって。・・あなたへの復讐もこれで終わったんだって。」
ヤマカワ「復讐・・・?」
畑本 「期待してたんです。これで目が覚めて、あなたがまた命を救うための研究を始めてくれるんじゃないかって」
ヤマカワ「・・・」
畑本 「でも、最悪の形で裏切られました。・・・なんでですか?なんでお金なんかに・・・」
ヤマカワ「自分の開発したもので金儲けして何が悪い」
畑本 「なんで、(志しを)取り戻せなかったんですか」
ヤマカワ「うるさいよ。さっきから聞いていれば綺麗ごとばっかり並べやがって」
ヤマカワは畑本を振り切り去ろうとする。
畑本 「あんたは人殺しなんだよ!」
ヤマカワ、立ち止まる。
照明変化。
香月が電話しながら出てくる。その間にヤマカワ捌ける。タカハシ・坂井出てくる。
香月が位置に付いたらスポット。
香月「(出てきながら)うん。無理でもなんとかするのがあんたの仕事なの。いい?頼んだわよ。こっちは絶対大丈夫だから。うん」
言いながら去っていく。
(スポット消す)明転
タカハシ「それで、ご用件はなんでしょう」
坂井 「お分かりですよね」
タカハシ「分かりませんね。もう十分でしょう」
坂井 「まだ始まってもいません」
タカハシ「あんなことしといてよく言えますね」
坂井 「あなたたちが話して初めて、あの記事は意味を持つ」
タカハシ「だったらなおさら話しませんよ」
坂井 「謝ってください。私に。他の被害者に」
タカハシ「はあ?謝る?」
坂井 「当たり前でしょ?あなたたちのしたことは」
タカハシ「謝った方がいいのはあんたたちでしょ」
坂井 「は?」
タカハシ「知らなければ何も無かったのと同じだったのに。あのデータに残っていることによって嫌でも知ってしまう事になる。今さらどうにもならないことを知ってどうするの?」
坂井 「それは・・。でもこれ以上こんなことを(続けちゃいけないんです)」
タカハシ「週刊誌に書いて正義の味方になったつもり?やめてよバカバカしい。」
ここで香月が飛び込んでくる。
香月 「ごめん遅くなった」
坂井 「香月さん!」
タカハシ「なんですか急に」
香月 「香月です。あなたのこと、調べさせてもらいました」
タカハシ「何を勝手に」
香月 「実家はお金持ちのようですね。そして年子の妹がいる。ご両親は妹さんに手をかけて、あなたのことはほっらかし。その割に進路や就職には口を出してくる。」
タカハシ「そんなことどこから」
香月 「あなた、秘書の前に有名企業の内定があったらしいですね。ご両親のコネで。」
タカハシ「・・やめて」
香月 「でもコネで就職するのが嫌で、自分の人脈で政治家秘書になった。やっと解放された、そう思ったんでしょ?」
タカハシ「関係ないでしょ」
香月 「でも実際には猫山に良いように使われるだけだった。やっと生まれた自尊心が壊れた。そんな時に猫山が言い出したんですよね?」
タカハシ「やめて!」
香月 「出生前知能診断を利用して、有能が子どもが欲しい・・・。」
タカハシ「・・・」
香月 「あなたはヤマカワを調べた。それで思いつくんですよね?ビジネスを」
タカハシ「・・・」
香月 「あなたは政治家から仲介料を貰っていた。でもそのお金、全部事務所に入れてたんですね。猫山にも分かるように。周りが自分に気を遣うようになった。どうでした?嬉しかったですか?」
タカハシ「・・・ええ。嬉しかったですよ。猫山はあたしを道具としてしか見てなかった。それがああなるんですよ。嬉しいに決まってる」
香月 「本当に?」
タカハシ「・・・・誰かを傷つけないと生きられないのは愚かですよ。でも結局、そこにしか居場所がない・・・・・・・・ねえ」
香月 「何?」
タカハシ「いくらで引き下がってくれる?」
香月 「まだそんなこと言ってるの?」
タカハシ「今なら間に合う!あの記事を無かったことに出来る。」
香月 「悪いけど、引き下がるつもり無い」
タカハシ「もう引き返せないの!あたしにはここしか」
香月 「そんなことない!あなたはやり直せる!」
タカハシ「簡単に言わないでよ!」
香月 「だって分かってるんでしょ?傷つけたって。人の痛みが分かるあなたは強くなれる。罪を償って、もう一度やり直せる!」
タカハシ「・・・・・・・・」
香月 「・・・今日の夕方のニュース」
タカハシ「・・・え?」
香月 「もう手は打ってあるから。あとはあなたが真実を話すだけ」
タカハシ「あんたは・・・」
香月 「・・・あたしもやり直せた。痛みが分かってやっと。だからあなたも大丈夫」
タカハシ「・・・・・・」
香月は坂井を見る。坂井は頷いて近づいてタカハシに声をかける。
坂井 「行きましょう」
タカハシは坂井に引っ張られるように立ち、二人は出ていく。
香月は徐にスマホを取り出し電話をかける。
香月 「・・・出ない。畑本のやついつまで話し込んでるのよ」
香月の台詞の間にヤマカワ・畑本出てくる。
ヤマカワ「人聞き悪いなあ」
畑本 「分かってるの?」
ヤマカワ「人を殺したことなんて無いよ」
畑本 「あの診断は、意志を持たない胎児を殺す殺人兵器だった」
ヤマカワ「それは俺のせいじゃない」
畑本 「あんたのせいだよ。あんたがあんなものを開発しなければ」
ヤマカワ「そんなことばかり言うから、この国から研究者は減っていく。倫理と研究は共存できない。開発されたものをどう使うかはその人のモラルにかかっている。それを全部研究者のせいにされてもね。」
畑本 「そんなことない・・・」
ヤマカワ「俺は絶望したんだ。世のモラルが低い限り、研究者は自由に研究することすらできない。志しを取り戻す?無理に決まっているだろう」
畑本 「・・・」
ヤマカワ「だから決めたんだよ。研究は金儲けに使う。なのに、君が記事を書いたせいで俺の計画は全部めちゃくちゃになった。」
畑本 「私に出来るのはこれしかなかった」
ヤマカワ「でも俺はこんなところで終わるつもりはない。警察に捕まるつもりもない。君ともこれでお別れだ」
ヤマカワはまた去ろうとする。
畑本 「待て!」
その時、香月が飛び込んでくる。
香月 「待ちなさい!」
畑本 「香月!」
ヤマカワ「なんだ君か。」
香月 「そろそろ時間ね。ニュース、見てみなさいよ」
ヤマカワ「は?」
畑本は机の上にあったリモコンを使ってテレビを付ける。
(ニュースの声)「続いては速報です。政治家の不正がまた発覚した模様です」
ヤマカワ「何やってるんだタカハシ!」
暗転 タカハシにスポットを当てる。シャッター音など。
(記者の声)「禁止されている出生前知能診断を不正に用いたのは本当ですか?」
タカハシ「はい事実です」
(記者の声)「猫山議員が意図的に子どもを取り換えたのも事実ですか?」
タカハシ「はい。ですが猫山議員だけではありません。」
(記者の声)「週刊誌のデータは本物ですか?」
タカハシ「はい。本物です」
(記者の声)「では、ヤマカワ博士との契約も本当なんですね?」
タカハシ「はい。あの記事に間違った記述は一つもありません。すべて事実です。」
スポット消す。タカハシは去る。明転。
ヤマカワ「くそ・・・」
香月 「ここが囲まれるのも時間の問題ですね」
ヤマカワ「・・・俺は絶対に・・・」
そう言って出ていこうとするヤマカワ。入り口をふさぐ畑本。
畑本 「逃がしませんよ」
ヤマカワ「どけ」
畑本 「どきません」
押し問答の末、ヤマカワは持っていたナイフを出す。
ヤマカワ「どかないと刺すぞ!」
香月 「ちょっと何やってるの!」
畑本 「・・・・・・どきません」
ヤマカワ「・・・なに?」
畑本 「そんな覚悟じゃないですから」
香月 「それ・・・下ろしなさいよ。あなたたちのやったことは許されることじゃない。
研究者である前に人間でしょ?あなたに正義はないの?!」
ヤマカワ「・・・正義?本当のことを知らなければ誰も不幸にならなかった。政界に知能の高い人間が残り、国民は今まで通り普通に暮らせた。これこそ正義だ」
香月 「それは違う!」
ヤマカワ「何が違うんだよ、・・・・・・・あんただって同じだろ探偵さん。」
香月 「え・・・?」
ヤマカワ「俺が気づかないとでも思ったのか?六年前、出生前知能診断を受けたあんたは、子どもの知能が低いと分かるとすぐに堕ろした。・・優秀な子どもじゃないならいらないあんたと、私に金を払った政治家と、何が違うんだ」
畑本はナイフを突きつけられながらも香月を凝視。
香月 「・・・・(畑本から目をそらし)・・同じよ。でも違う。」
ヤマカワ「知能が高い子だったら、無理してでも育てようと思ったから診断を受けたんだろ?命に優劣をつけているのはいったいどっちだよ!」
香月 「そうね・・・。でも」
畑本 「違うよ」
ヤマカワ「なに?」
畑本 「今は分かってるから。ちゃんと糧にして生きてるから。自分のことしか考えてないあんたたちとは違うんだよ!」
ドアを揺らす音(がたがた、どんどん など)
(記者の声)「ヤマカワ博士、開けてください!」
(記者の声)「ヤマカワ博士、真相を教えてください!」
記者の声の途中で暗転
場面19
香月探偵事務所。香月と坂井が机の所で座る。畑本が入ってくる。
畑本「お疲れー。いやー、終わったね。一生終わんないかと思ったけど。あの後、ヤマカワが記者を押しのけて逃げたときはどうなるかと思ったけど捕まってよかった。タカハシも自白したってことでちょっとでも罪軽くなればいいけど。他の関係者もみんな捕まったみたいね」
香月「・・・失望しなかった?」
畑本「え?」
香月「ヤマカワが言ったこと」
畑本「ああ・・・・。だって知ってたから。」
香月「・・・・え?」
畑本「知ってたよ。」
香月「じゃあなんで?憎んでるんでしょ、出生前知能診断。なのになんであたしと」
畑本「後悔してたから。文字からも伝わるくらい」
香月「・・・」
畑本「探偵として、人の為に生きる人になってたから」
香月「・・・あたし、自分が傷つきたくなくて。思い出したくなくて。」
畑本「うん」
香月「逃げようとして。でも・・坂井さんに止められて・・。ここまで来たけど・・。後悔してるから、命を選ぶことがどれほど傲慢で愚かなことかは分かる。でも本当にこれで良かったのかな・・・?」
畑本「良いに決まってるでしょ?」
香月「正義を盾にして真実を暴いた・・・。でも、知らない方が幸せな人もいたかもしれない。・・・・ねえ。正義って何なのかな・・?」
畑本「・・・正義は、人それぞれ違う。全部否定は出来ない。だから、良い遺伝子を残そうとしたヤマカワを間違っているとは言えない。香月が盾にした正義も間違ってない。」
香月「・・・じゃあ」
畑本「ただ、命の価値はその正義とは別の次元にあると思う。自分の正義を貫くために、もてあそんでいい命も奪っていい命もない。だから、これで良かったんだよ。・・・ね、坂井さん」
坂井「あ・・はい。香月さん大丈夫ですよ。みんな、強く生きていきますから」
香月「・・・うん」
畑本「坂井さんはこれからどうするの?」
坂井「子どもと二人で生きていきます」
畑本「そう・・・。猫山からは結局・・?」
坂井「何もありません。でももういいんです。あの子がいれば私は幸せなんです。」
畑本「うん」
坂井はスマホを操作し二人に見せる。
坂井「はい!」
畑本「あ、子ども?・・・(笑って)そっくりだね」
坂井「そうでしょ?(満足げに)」
香月「うん・・・。あ、そうだ」
坂井「なんですか?」
香月「前に言ってた、幸せの話。他人の為に生きることが幸せって今はちょっと分かる」
坂井「・・はい」
香月「でも、これからは自分のことも大事にして生きてほしい。それだって一つの幸せだよ」
坂井「はい。・・誰かを気に掛ける余裕があることが本当の幸せだと思うんですよ。だから、そうなれるように自分も大事にして生きていこうと思います。あ、でも」
坂井はそう言って完成したルービックキューブを出す。
香月「あ、これあたしの?!え、出来たの?!」
坂井「こういう小さな幸せも大事だと思いますよ」
畑本「良いこと言うねー。」
坂井「からかわないでくださいよ!あ、あたしそろそろ行きますね!」
香月「あ、うん!」
畑本「元気でねー」
坂井「ありがとうございました!」
坂井、去る。
暗転。 音楽。
畑本だけが舞台に残る。電話がかかってくる。明転。
一瞬、出るのに躊躇する。
畑本「・・・・・・もしもし・・・お母さん・・・ああ。ニュース見たの・・・。(笑顔)ごめんね。蒸し返すようなことして。・・・・え。忘れた日は無かった?そうなんだ・・・。うん・・。分かるよ・・・。本当は後悔してたんだよね・・・。うん。一緒に会いに行こう・・・。うん。じゃあね・・・」
畑本、電話を切って立ち尽くす。
暗転 音楽。
Silent Gene 小原まつり @matsuri-kohara
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