第1章

場面1


ヤマカワとタカハシが向かいあっている。机には香月と坂井が腰かけている。


タカハシ「博士」

ヤマカワ「これを禁止したのはあんたたちだ・・・それにこんな話、上手くいくはずがない」

タカハシ「大丈夫です。我々と博士が協力すれば出来ないことなんて無いんですよ。」

ヤマカワ「・・・・・・・・悪い話じゃない。どうすればいいんだ」


タカハシ・ヤマカワ 捌ける


場面2


坂井「絶対にそうに決まっています!私は浮気なんてしてないんですから!」

香月「まあまあ、落ち着いてくださいって」

坂井「落ち着いてなんていられませんよ!それが原因で離婚されちゃったんですよこっちは!二五歳でシングルマザーなんて・・・。私には無理です!」

香月「・・・・・・でも、子どもの取り違えなんてそんなこと・・・」

坂井「ありますよ絶対。医療ミスがあるんだから取り違えがあってもおかしくない。絶対に慰謝料取ってやるんだから。」

香月「・・・・つまり依頼は、あなたが出産した南総合病院が子どもを取り違えた事実があったかどうかを調査することでよろしいですか?」

坂井「ああ、はい、お願いします。」

香月「分かりました。では、手続きを。」


坂井は記入を始める。香月は徐にルービックキューブをやり始める。坂井は気づかない。


坂井「香月さんは気持ちわかります?」

香月「え?(聴いていない)」

坂井「他人の子かもしれない子どもを育てる親の気持ちですよ」

香月「・・・(聴いていない)」

坂井「分かるわけないか。当然ですよ。普通ありえないですもん」

香月「・・・(聴いていない)」

坂井「あたし、なんであんな男と結婚したのかな」

香月「・・・」

坂井「自分勝手であたしの話なんて全く聴いてなくて、子どものことだって構いもしなかったくせに・・って、何やってんですか。話、全然聴いてなかったんですね」

香月「あ、いや・・」

坂井「やめてくださいそれ。なんで旦那と同じことするんですか」

香月「ごめんごめん、ちゃんと聴きますから」

坂井「そうじゃなくて。ルービックキューブ(取り上げる)」

香月「・・・・ところで」

坂井「はい?」

香月「・・・ほんとに無いんですよね?」

坂井「何がです?」

香月「・・・他人の子が出来るようなこと」

坂井「・・・・・」


しばしの沈黙


香月「あなたを疑ったから、DNA鑑定なんて面倒な事までしたわけでしょ?」

坂井「・・・な、無いですよ!」

香月「・・それならいいんですけど、一応確認です」

坂井「ニコリともせずよく失礼なことばかり言えますね」

香月「仕事なんで」

坂井「・・・・鉄仮面・・(ぼそり)」

香月「なんか言った?」

坂井「いいえ何にも!書けました!じゃあ、お願いします」


坂井、部屋を出ていく。



場面3(場面2からの続きで)


畑本が(ありえない場所から)、どこかのアニメキャラばりにカッコつけた感じでセリフを叫びながら出てくる。


畑本「話は、聞かせてもらった!」

香月「・・・・」


香月は完全に無視。


畑本「・・・あれ? 話は、聞かせてもらった!」

香月「・・・・・」


畑本「話は、聞かせて・・」


三回目を言いかけるとさすがに香月が突っ込む。


香月「どうせやるなら空でも飛んで来ればいいのに(棒読み)」

畑本「・・・空?・・・ねえそれなんかと間違えてない?」

香月「あと盗み聞きは犯罪です(棒読み)」

畑本「(香月に被せて)ねえ、なんかと間違えてない?」

香月「(無視して)あと、いつもどこに潜んでるの(棒読み)」

畑本「(また被せて)ねえ間違えてない?」

香月「(畑本に被せて)ああもう!しつこいな!」

畑本「(満足げに)やっとあたしの話聞いてくれた」

香月「・・・しまった。また嵌められた!三流記者のくせにうるさいのよ!」

畑本「あ。侮辱だ。名誉棄損だ。訴えてやる!」

香月「・・・もう勝手にして。」

畑本「はああ。もうここは私の場所になってるんだし、いいでしょ?」

香月「そんなこと許した覚え無いんだけど!自分で事務所借りなさい」

畑本「そんな金無いもーん。さっきの依頼者の話。本当だったら相当いい記事になりそうだね。早めに決着付けてよ」

香月「決着ついても絶対あんたには売らない」

畑本「クズな旦那に愛想つかされた女が復讐に」

香月「誰もそんなこと言ってない!」

畑本「ルービックキューブも取り上げられて、依頼解決が良い暇つぶしになると」

香月「人を暇人扱いするな。ていうか聞いてた?絶対売らないから!」

畑本「またまた。本当にケチだよねー」

香月「またどうでもいい記事書いてるんでしょ?」

畑本「何をおっしゃる。今回はほんとに自信作だから。期待しててよ」

香月「そう言って何回カス記事書いてきたのよ。」

畑本「し、失礼だな!カス記事なんて書いたことないよ・・・(思い当る)」

香月「(畑本に被せて)とにかく、もうあんたの尻拭いするのやだからね」

畑本「今度はほんとに自信あり!なんたって政治家スキャンダルだよ!」

香月「わー(棒読み)、すごーい」

畑本「とにかく、私はこのネタで一旗揚げるから。さっきの依頼、解決したら絶対私に書かせてよー、絶対だよー」


しゃべりながら畑本は事務所を出ていく。


香月「・・・(大きなため息)」


暗転 香月は座ったまま坂井がスタンバイ。


場面4


スポット。畑本が出てきた後にタカハシが出てくる。


タカハシ「・・・またあなたですか」

畑本「覚えててもらえて光栄ですっ!」


タカハシは舌打ちする。


畑本「猫山議員の不倫疑惑についてお聞きします」

タカハシ「・・・・・」

畑本「先日、猫山議員がご主人では無い別の男性と歩いているのを目撃したのですが(写真を見せながら)」

タカハシ「・・・・仕事の関係者ですが」

畑本「こんな夜中に?」

タカハシ「そういうこともあるでしょう?」


タカハシはその場から逃げるように歩き出す。


畑本「お子さんが実のお子さんでは無いという噂ですけど、それについては何かあります?」


タカハシは一瞬立ち止まる。


タカハシ「事実無根。あんまりしつこいと名誉棄損で訴えますよ」


タカハシ、足早に去っていく。


畑本「名誉棄損か・・・・・・(笑う)。三流記者を舐めんじゃねえよ」


畑本、いかにも弱そうなポーズを取ってからタカハシの後を付ける。


地明かり。


場面5


香月「で、旦那はどんな人だったの?」

坂井「やっぱり聴いてなかったんですね、この間言いましたよ」

香月「ああ、ごめんって」

坂井「・・だから、自分勝手であたしの話なんて全く聞いてなくて、子どものことも構いもしなかった最低な男です」

香月「なんでそんな男と結婚したの?」

坂井「だからそれが分かれば・・・。いや、好きだったんですよ結婚した時は」

香月「そんな男が」

坂井「彼しか見えてなかったんで。・・ていうか、香月さん高校生の時どんなんでした?」

香月「高校時代?・・・えー、いたって普通っていうか」

坂井「楽しかったですか?」

香月「まあそれなりにね」

坂井「良いですね。あたしは苦しかったです」

香月「苦しかった?」

坂井「ずっと目立たないように、邪魔にならないようにってことしか考えてなかったです。それでもあたしに優しくする人なんていないんですよ?卒業して、あの人に優しくされて・・・好きになります、どんな男でも。」

香月「・・・」

坂井「弱い者を苦しめる人が嫌いです。」

香月「弱い者・・・」

坂井「あたし頭良くないけど、弱い者を守れる人になりたいんです。」

香月「・・・」

坂井「あー、ごめんなさい。話がそれましたね。」

香月「いや、全然大丈夫。お茶、もう一杯飲む?」

坂井「あ、はい」


香月はカップを持ってお茶を入れに行く(捌ける)。


ヤマカワ・タカハシ出てくる(照明変化)、坂井捌ける


場面6


ヤマカワ「ああ。五年たって依頼は増える一方だ。」

タカハシ「そうですか、順調に良い遺伝子を残せていると猫山議員もお喜びです。」

ヤマカワ「別に政治家を喜ばせるためにやってるわけじゃない。自分のためだ。金にならなきゃこんなことやってない」


ドアが開く物音がする。


会話を辞め、タカハシは出ていく。香月とドアですれ違う。香月、振り返る。


香月  「失礼します。お部屋の清掃をさせてください。」

ヤマカワ「新人?ラボの中まで掃除してくれるなんて珍しいな。」

香月  「・・病院の方針転換みたいです。」

ヤマカワ「・・・ふうん。この病院、ほんとどうでもいいところしか力入れないよな・・・。」

香月  「・・・・・博士は産婦人科医なんですよね?ここでどんな研究をなさっているんですか?」

ヤマカワ「え?」

香月  「すみません。まだ来たばっかりだし、私バカだからそういうこと全然知らなくて」

ヤマカワ「・・・・・出生前知能診断・・聞いたことない?」

香月  「・・・・・!!!・・・あ、知っています」


香月の様子が明らかにおかしくなる。


ヤマカワ「それを開発して実用化したのは、私だ」

香月  「・・・・!!・・・へえ。そんな凄い博士がこの病院にいるなんて」

ヤマカワ「もっと前からあれば、あんたみたいなバカも生まれなかったかもしれないな」

香月  「・・・・・・」

ヤマカワ「冗談だよ(笑う)」

香月  「凄いファイルの数ですね」

ヤマカワ「ああ。それ。今まで診断を受けた人のデータだから、触らないでくれる」

香月  「あ、はい。すみません。」


ヤマカワは香月の胸についている名札を見る。


ヤマカワ「・・・香月よし乃・・・」

香月  「え・・?」

ヤマカワ「・・ああ、いや。きれいな名前だと思って」

香月  「・・・・ありがとうございます。じゃあ、失礼します」


香月、出ていく。(ヤマカワは椅子に座ったまま)


香月は部屋の外に出て、しゃがみ込む。

そこへなぜか畑本がやってくる。


畑本「何してんのここで」

香月「・・・・・逆に何してんの」

畑本「・・・取材だけど?」

香月「・・・・・・」

畑本「何・・・こんなとこでバイトしなきゃなんないくらい金に困ってるの?そんなわけないよね」

香月「・・・・・・」

畑本「やっぱりこの病院には何かあるんだ・・・。話、聞かせてよ」

香月「・・・・」


香月、立ち上がって去る。

畑本、その後を追いかける。


暗転



場面7


明転(すぐに)


香月探偵事務所にて。


畑本「潜入捜査ってこと?」

香月「・・・・・まあそんなとこよ。逆に、あんたは何を調べてるの」

畑本「・・・・聞・き・た・い?」

香月「・・・・・・・(心底むかついて)別に」

畑本「素直になりなよぉー(うざがらみ)」

香月「・・・・・・(舌打ち)」

畑本「(すごく満足げに笑う)・・・例の政治家の秘書がねー、あのラボに出入りしてる」

香月「・・・・・・・」

畑本「・・・あれ。興味ない?」

香月「・・・・・出生前知能診断・・・」

畑本「ああ、知ってるんだ。そう。ヤマカワはあの出生前知能診断・・・胎児の知能レベルを妊婦の血液から明らかにするあの忌まわしき診断の生みの親・・・。」

香月「・・・なんの関係があるの」

畑本「この写真」


畑本、香月に写真を渡す。


香月「・・・これは、ヤマカワ・・・と、猫山議員」

畑本「そう。はっきりとは写ってないけど、間違いないと思う。」

香月「・・・・・」

畑本「で、猫山議員にはこんな噂がある。子どもが夫の子ではないんじゃないか」

香月「・・・・」

畑本「だから私は、猫山議員の不倫を疑って取材したんだけど・・・」

香月「・・・けど?」

畑本「どうやら、もっときな臭い事件が隠れてる・・・みたいな?(おちゃらける)」

香月「(面倒くさそうに)・・・ちょっと待って、じゃあこないだ言ってた政治家スキャンダルは間違いだったってこと・・・?」

畑本「ん?・・・まあそういうことかなー」

香月「・・・ほんと、クズだわー」

畑本「(無視して)で、不倫じゃないとすれば、なんで実の子じゃないのかって話になるわけでしょ」

香月「・・・確かに・・・。」

畑本「・・・ヤマカワは何を開発したんだっけ?」

香月「だから、出生前知能診断・・・」

畑本「・・・もし、猫山議員がヤマカワと手を組んでいたとしたら・・・」

香月「・・・・・」

畑本「より知能の高い子どもを手に入れた可能性があるよね」

香月「・・・・ありえないでしょ。だって、猫山議員の出産は5年前・・・その時は既に出生前知能診断は禁止されていたはずよ」

畑本「良く知ってるね」

香月「・・・・・」

畑本「で、話は戻るんだけど。あの依頼者・・・坂井さん?の話。詳しく調べさせてもらったの」

香月「勝手に何してんのよ!」

畑本「そしたらさー。一杯出てきたんだよ。同じような話が」

香月「・・・同じような話・・・?」

畑本「ここ5年で坂井さんと同じように、子どもが自分の子どもでは無いと訴える親が急増してる。しかも、その全てが病院と示談になってる」

香月「・・・・・・」

畑本「その病院こそが、あの南総合病院だよ」

香月「・・・どういうこと?示談ということは病院側が金を払ったってことよね。」

畑本「口止め料じゃない。示談金が、はした金になるくらいの巨大ビジネスってことよ」

香月「・・・ビジネス・・・?」

畑本「一種の、人身売買」

香月「・・・はあ?そんなん、バレずに出来るわけない」

畑本「ヤマカワの顧客が全部、政治家だったら?」

香月「・・・・・」

畑本「・・・お金は一杯あるだろうし、バレずにやるのも簡単だと思うけど」

香月「・・・だって、人身売買って・・・。政治家の子どもはどうなるのよ。あと、売られた子どもの親は・・・・あれ・・・?」

畑本「分かってきた?もちろん病院もグルなんだろうね。その全てが繋がって、他人の子疑惑が浮上する議員と、子ども取り違えを訴える親が出てくるわけよ」

香月「・・・・・政治家の子どもと、取り換えられた・・・?」


照明変化。ヤマカワ出てくる。


場面8


ヤマカワと反対側からタカハシが台詞を言いながら出てくる。この間に香月と畑本は一旦捌ける。


タカハシ「ヤマカワ博士」

ヤマカワ「・・・・・・・」

タカハシ「いるなら返事してくださいよ」

ヤマカワ「・・・誰も入っていいとは言っていない」

タカハシ「噂通り、偏屈な方のようですね」

ヤマカワ「勝手な噂はやめろ!」

タカハシ「・・・わたくし、猫山参議院議員秘書のタカハシと言います。今日は博士に折り入ってご相談があって参りました。」

ヤマカワ「・・・丁寧なご挨拶ありがとう。わたしをからかっているのか」

タカハシ「いえいえ、滅相もございません。至って真面目なご相談です。」

ヤマカワ「私はこの世で政治家というものが一番嫌いだ。世論や天才ばかりを重視して科学を軽視。・・・おかげで私の金づるが・・・・・」

タカハシ「(前の台詞にかぶせて)これ、大したものではございませんが・・・」

ヤマカワ「・・・・・これは!最高級品と名高い猫山の日本酒じゃないか!・・・猫山参議院議員・・・そうか。」

タカハシ「・・・決して、悪い話は致しません」

ヤマカワ「・・・・まあ座りなさい。話を聞こう」

タカハシ「ありがとうございます。それではさっそく。」


二人は机に向かい合って座り、タカハシはヤマカワに紙を差し出す。


タカハシ「猫山議員がもうすぐ出産されるのはご存知ですか?」

ヤマカワ「ああ。ニュースで見たよ」

タカハシ「猫山議員が、出生前知能診断を希望されています。」

ヤマカワ「・・・何のために?」

タカハシ「より知能の高い遺伝子を、望まれているんです」

ヤマカワ「ふん・・・・そんなリスクの高いことをやるのは」

タカハシ「(食い気味で)それ相応の対価はお支払するとおっしゃっています。それに・・・猫山議員だけではありません。ビジネスのチャンスです、博士」


ヤマカワ、立ち上がり前に出ながら、


ヤマカワ「政治家ってのは本当に勝手な生き物だな。出生前知能診断を禁止にしたのはあんたたちだ・・・それにこんな話上手くいくはずがない」

タカハシ「大丈夫です。我々と博士が協力すれば出来ないことなんて無いんですよ。」

ヤマカワ「・・・・・・・・」

タカハシも立ち上がりヤマカワに迫る。この次の間に香月と畑本は元の位置に座る。


タカハシ「今、政治家の半分は世襲議員です。政治家の子どもたちが高い知能を持てば、あなたの大嫌いなバカな政治家がいなくなる。未来が開けるのですよ!」

ヤマカワ「何年後の話だよ・・・・でも、悪い話じゃない。どうすればいいんだ」


照明変化。タカハシ・ヤマカワ捌ける。


場面9


畑本「もし、これが本当だったら国を揺るがす大事件よ」

香月「・・・・・・まだ全部、推測でしょ?」

畑本「うん。でも、間違いないと思う」

香月「三流記者が言い切ってもね」

畑本「三流記者でもなんでもいいけど、この事件だけは自信ある。この下の喫茶店のコーヒーかけてもいいわよ!(どや)」

香月「安いなー」

畑本「とにかく。今わかってることはまだ氷山の一角にすぎない。だから、私たちで全部明らかにしよう。その為には坂井さんの協力も必要」

香月「・・・・まだ私も、協力するとは言ってない」

畑本「はあ?ここまで聞いといて協力しないとかあるの?」

香月「あるわよ!・・・私は、依頼者の問題を解決すればそれでいいんだから。別に、証人になってもらう必要ないし。第一、国を揺るがす事件とか、そんなの暴きたいとか全然思わないし(徐々に早口に)」

畑本「明らかに動揺してるよね。本当は興味ありありなんでしょ。暴いてみたーいって思ってるんでしょ?(うざがらみ)」

香月「ああもううざいな!・・・第一、他の被害者が今更こんなこと知ってどうするの?もっと不幸になるだけ。示談金が貰えるならまだしも・・」

畑本「何言ってんの。こんなこと、金で解決する問題じゃない。・・・あんたに正義はないわけ?」

香月「・・・・・・・」

畑本「今暴かないと、この国はどんどん腐る。・・・・・私は、未来の話をしているのよ」


その時、物音がする。入り口に坂井が立っている。


坂井「・・・お取込み中でした・・・?」

香月「・・・」

畑本「いや、全然そんな事ないですよ。さあ、こっちへどうぞ!」


畑本、坂井を手招く。


坂井「・・・あなた、誰ですか?」


暗転



場面10


明転(すぐに)


香月探偵事務所。出生前知能診断の資料を机に置いて。

坂井と香月が向かい合い、畑本は別の場所に座っている。


坂井「・・・・・つまり、私の相手は病院ではなくて、政治家ってことですか?」

香月「うーん。まあ、そういうことかな・・・」

坂井「・・・しかも、意図的に取り換えられた・・・。」

香月「・・・・・」

坂井「・・・なんか、現実的じゃなさ過ぎて逆に冷静になりますね。ていうか、私の子どもの知能が高いなんて、本当に信じられないんですけど」

香月「うん」

坂井「えっ?」

香月「ああ、ごめん。」

坂井「探偵なのに本音が出ちゃってますよ」

畑本「坂井さんはさ、子どものこと、どう思うの?」

坂井「え・・・?」

畑本「だから、今の子どもと本当の子ども」

香月「ちょっと・・・(咎める)」

坂井「正直分かりません。他人の子でも、あの子はかわいいです。だから、取り違えたことに対してだけお金払ってもらえたらいいかなって私はここに来たんです。だけど、本当の子に会いたくないかって聞かれたら、そりゃ、会いたいですけど(困惑して)」

香月「(会話に割り込んで)あのね。相手さえ分かれば、お金を取ることは案外簡単だと思う」

畑本「ちょっと何言ってんの?」

坂井「・・・・口止め料ってことですか?」

香月「・・・・・そういうことかな」

坂井「・・・いいですよ。お金貰って黙っていても。もともとそのつもりだったし」

畑本「いやいや、本当にいいですかそれで」

香月「(畑本に被せて)ただね。あなたと同じ被害にあっている人が他にも沢山いる可能性があるの。しかも、これからも被害者が増え続けるかもしれない。」

坂井「え・・・・」

畑本「・・・・」

香月「・・・・さっきからうるさいあいつ、記者なの。事件を暴くために、坂井さんに協力してほしいって」

坂井「・・・・・・・・・」

香月「もちろん、協力するかしないかはあなた次第。・・・・・協力したら、坂井さんは傷つくかもしれない。それに、今さら暴いても幸せになる人はいなくて、むしろ不幸に」

坂井「(食い気味に)でもそれ、協力しなくても傷つきますよね」

香月「・・・え?」


畑本が驚いた様子で坂井を振り返る。


坂井「だって知っちゃったもん。これから、テレビとかで政治家とその子ども見るたびに、あれは他人の子かもしれない、私みたいに、騙された母親がいるかもしれないって、ずっと思いますよね」

香月「・・・・・」

坂井「本当にどっちでもいいって思ってるなら、あたしにこんな話しないですよね。」

香月「・・・・・わたしは・・・本当は関わりたくないけど・・・」

坂井「だから、判断を私にゆだねるんですか。・・・香月さん、探偵ですよね。・・・香月さんに正義はないんですか・・・?」

香月「・・・・・・!」

坂井「私、協力します。・・・言いましたよね。弱い者を守る人になるって」


畑本は驚きながらも、坂井の正義感に感心して前を向きなおす。

香月は坂井の方を向いたまま畑本に問いかける。


香月「畑本・・・・ねえ、どうして?」

畑本「・・ん?」

香月「どうして、この事件にこんなに入れ込むの」

畑本「・・・そりゃあ、私が記者だから」

香月「明らかに、畑本が普段書く記事と雰囲気違うよね」

畑本「・・・・・・・・・・・妹、奪われたからね」

坂井「・・・・・・・」

香月「・・・・は?」

坂井「・・・・・」

畑本「・・・・許せなかった。母親も、出生前知能診断も・・・・まあ、それだけだよ。じゃ、坂井さんよろしくねー(急におちゃらけて)」


そう言って畑本は事務所を出ていく。


しばらく呆気にとられる二人。


香月「・・・・正義・・・ね」

坂井「え・・・?」

香月、自分に言い聞かせるように話し出す。


香月「わたしもやる・・・。探偵として、依頼者のため・・・と、友人のために」

坂井「・・・・はい」


香月、決意した様子で机の上の出生前知能診断の資料を破る。


照明変化。香月捌ける。坂井移動。


場面11


坂井が一人、椅子に座り二人を待っている様子。机の上の本をあさって一冊の日記を見つける。読んでいいのか迷いながらも開く。しばらく黙って読んでいる。


坂井「え・・・? あの日、全てから解放された気がした。でもそうじゃない。最低だ。ごめんなさい。あなたを殺してごめんなさい。」

(殴り書きのように書かれている)


扉が開く音。地明かり。坂井は慌てて日記帳を戻す。香月と畑本が帰ってくる。


坂井「おかえりなさい。バレませんでしたか?」

畑本「全然!むしろセキュリティ甘すぎて笑っちゃった」

坂井「そうなんですか?」


香月は浮かない顔で椅子に座る。


畑本は手前の椅子に座り証拠(USBか何か)を見ながらひとりごとのように。


畑本「これがあれば全て暴ける。全部繋がった・・・。あ、そうだ坂井さん」

香月「畑本」

畑本「何。黙ってても意味ないでしょ。」

坂井「なんですか?」

畑本「坂井さんの本当の子どもは今、猫山議員の子どもになってます」

坂井「・・・そうですか。」

畑本「まあ、大事に育てられてはいるみたいだけど」

坂井「・・・・」

畑本「話はそれだけ。それじゃあ。」


畑本は事務所を出ていく。


香月「・・・・いいの?個人的に、慰謝料を求めなくて」

坂井「・・・・・・」

香月「この事件と、坂井さん個人の問題は別だから、訴えることも出来るよ」

坂井「・・・・・もういいです。最初はお金取ってやろうって思ってたけど、・・・・でも今は、お金でその政治家たちに屈するの、嫌なんで・・」

香月「・・・そう」

坂井「はい」

香月「坂井さんは・・・復讐しようとは思わない?」

坂井「え、復讐?」

香月「うん。猫山とか、あと、高校の時の」

坂井「ああ・・復讐は愚かですよ?」

香月「・・」

坂井「でも、やめられないのも分かります。愚かだけどやめられない。だから復讐する人を止める気もありません。」

香月「うん・・」

坂井「あたしがまあまあ幸せだから、こんなこと言えるのかもだけど」

香月「幸せ?こんなことに巻き込まれてるのに?」

坂井「だって結局、失ったのは旦那一人です。しかも最低の。子どもはそばにいます。あたしが育てた子どもが。」

香月「坂井さんって強いよね」

坂井「そんなことないですよ。関係ないのに戦ってる香月さんの方が強いですよ」

香月「いや」

坂井「それに私には、こんなことになっても一緒に戦ってくれる人がいました、幸せです」

香月「・・そんなこと幸せのうちに入らないよ」

坂井「幸せですよ」

香月「そんなわけない」

坂井「幸せなんです」

香月「違う。それは本当の幸せじゃない。もっと。もっと自分を大事に生きないと」

坂井「自分を大事にし過ぎたら人は守れない」

香月「そんなの・・。人なんて結局は関係ない」

坂井「・・香月さんは守れなかった・・いや、守らなかったですもんね」

香月「え?なに?」

坂井「じゃあ幸せって何ですか?お金持ちなことですか、欲しい物を手に入れることですか、長く生きることですか?」

香月「まあ、そういうことも幸せよ」

坂井「じゃあ、知能が高いこともですか?知能が高い子しか幸せじゃないんですか?」

香月「それは!・・それは違うけど」

坂井「じゃあなんで、子ども、堕ろしたんですか」


暗転(長め。音楽など)

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