回る天体模型、頭上の宇宙
八坂
話をしよう
夢を見ている。と、わかってしまう頃にはもう起きなければならない。それがどんなに引き込まれるような内容でも、例えば見ている映画を途中で止められるように、そこで終わりだ。映画と違うのは、もう二度とその先を見れないということか。意図して見れるものではないのだから。残念には思うが、夢は1日を過ごしているうちに忘れていることの方がほとんどだ。きっと覚えていても得はないし、かといって夢日記、なんてものをつけるのもロクでもないことになりそうで恐ろしくも思えてしまう。どこかでつけてゆくうちに精神が崩壊してしまうとか聞いたのを未だに信じているあたり、自分はオカルトが好きなのだろう。
夏のある日。いつもの時間に起きて、いつものように朝の支度をする。外ではいつものようにセミが鳴き、いつもの犬の吠える声が聞こえる。いつもと違うのは、特に今日の予定がないということ。
これといった趣味もないから、こういう日にすることも結局限られているわけで普段通り、少し変わった隣人の奇妙なほら話を聞きに行くことにした。アパートの三階、エレベーターを挟んで隣の部屋にいつもこもっているそいつは、小さい頃からの知り合いで、三つ上の兄代わりだ。
物の少ない殺風景な部屋はさっさと後にして隣の部屋のドアを叩く。反応がないのを確認して躊躇いもせずに、勢いよくドアを開けスタスタと上り込む。
「やあやあ今日も暇を持て余して、俺の大切な大切な読書の時間を邪魔しに来たわけだね?飽きもせずに、よくもまあ何度も来れるねぇ」
嫌味に聞こえるがこれが彼、
「おいおい、勝手にずけずけと、人様の家に上がって挨拶もなしかい?」
「いつも食べにうちに上がる時は何も言わずに上がってくるでしょ?お互い様だよ」
そう言いながらもコーヒーをいれ始めるだけ自分は目の前の偉そうな人間よりは出来た人間だと自負したい。アパートは一部屋の簡素な作りながらもキッチンが簡単な対面カウンターになっている。これは大家のこだわりで、開放感がテーマらしい。にもかかわらずその子であるはずのこの男、黒く大きい本棚が部屋を取り囲んでいるのでキッチンから部屋を見ても圧迫感しか感じない。
「サンキュー、
コーヒーを差し出されて彼は応える。湊人というのは僕の名前だ。
「さて、今日は俺が今まで見て、調べて、聞いてきた宇宙人の話でもするか?」
「テレビでやってるような三流以下の芝居レベルじゃなければ、それでいいよ」
何でもいい。彼の話を聞いているだけで時間は自ずと過ぎて行く。そう考えながら適当な椅子を引き寄せる。
「んじゃまあ、ひとつ付き合ってくれ」
同時に彼はパチン、と手のひらを合わせる。その合図とともに、僕は言葉の世界に引きずり込まれて行く。
湊人、生き物って大雑把に何種類に分けられる?
「動物、植物がパッと出てくるけど…菌類、それから細菌…うーん、そんなもんじゃないの?」
うん、この質問にそこまで意図はないんだ。実は俺もハッキリとは知らないからな。
「んなことわざわざ聞かないでくれよ」
じゃあ誰も見たことのないような全く新しい生き物って想像がつくか?
「…いや、僕にはそんなものは考えられないかな。どうしても知ってる生き物の特徴が先行しちゃうよ」
そうだな、宇宙人が人間みたいに両手両足を持ってるなんて考えるのは、考える側が人間だからだろうな。あ、火星人がタコみたいな形してるってのはいい線いってると思うぜ。
ぶっちゃけ、どんな生き物になるかはその星の環境によって変わるだろうな。今の時代じゃまだ地球以外の例がないから何とも言えないんだろうが。
「地球の環境が奇跡的に良かったってことじゃないの?宇宙に生物が住んでる星が他にないってことも、あり得なくはないんじゃないかな」
でもな、銀河系には二千億の恒星があるんだぜ。それぞれに太陽系と同じように惑星が10くらいあるとしよう。それだけで二兆の地球候補があるわけだ。それで生物のいる星が他にないなんて、嘘だぜ。
…なんだか理科の授業を受けているような気分だが、これで終わらないのが耀司兄だ。と、信じたい。
俺が出会った変な生き物の話をしよう。そいつはうなぎみたいな格好なんだがな、頭がちょうど三又の釣り針みたいな形なんだ。
「ちょっとまった。どこでそんなの見たのさ」
どこって、この星の外だろ。いや、中か?どっちでもいいんだがな。
呆れた。そんなほら話を聞きにきたんじゃない。そもそもいい歳した大学生が熱心に宇宙人について話しているのも気持ち悪い。いきなり冷めてしまったもので、しばらく生返事で応答を繰り返した。
再び僕を、二人だけの空間に呼び戻す言葉がかけられるまでは暫く時間がかかった。
「なんだつまらなそうにして。ちゃんと聞いてくれてないだろ。仕方ない、とっておきだ。宇宙の行き方を教えてやる」
そんなものあるのか。宇宙飛行士になれ、だとか言おうものなら引っ叩くつもりだったのだが。
いいか、宇宙ってのは黒い画用紙だ。何を描いてもハッキリ見えることはない。この宇宙に全てがあるように見えるだろう?逆だ、何にもないんだよ。星も、俺たちも、宇宙の中にいるように見えるが、それは見かけなんだよ。
「じゃあどこに僕らはいるのさ」
白い画用紙だ。描くもの全てがくっきりハッキリ見えちまう。自分たちで描けるものさ。俺たちはそれをバックアップに何もない宇宙に存在する。
「つまり…何?夢?」
正解!頭ン中に描いたものが全部現実になるわけじゃないが、少なくとも頭で想像をしないとモノってのはできないはずだぜ?夢を現実にするってことさ。偶然ってのもあるだろうが、そいつもその過程で起きることさ。
所々難解で僕には理解できないこともあるが、共感というかたちでなんとなく納得はする。考えるな、感じろ、というヤツか。
「その中ならなんでもできるってわけ?」
「そうだ。なんなら、そう、死人に会うことだってできる」
さっきと比べて異様に声のトーンが低い。なぜだろう。
…本当はわかってる。その答えを知っている。そのことに気づいた僕の役割もまた、知っていた。意を決して言い放つ。
「早く目を覚ましなよ。向こうで目覚まし時計が呼んでるよ」
途端、彼の顔色がガラリと変わる。そんなことは気にもかけず、ただ微笑み返した。立ち上がると、部屋に一筋の光がどこからともなく差し込んできた。壁紙や本が光とは真逆の方向に飛ばされ始める。夢の終わり。僕はその光の方に歩みを進める。
「待てよ、まだ話し足りないぞ!そうだ、次はどんな話が聞きたい?」
男は懇願した。引きとめようとした。永遠にも思えた時間の終わりを突然告げられたのであるから、当然だ。
「夢がこの世界ならいつかこんな風に跡形もなく消えちゃう。耀司兄は間違えてるよ。でもここなら確かにどんな奇跡でも起こりうる。だめだよ、夢ってのはなんの前触れもなく、突然終わるものなんだよ。そこに続きを求めちゃいけない」
男からどんどん遠ざかる。僕の声が届いたかはわからない。でも、またもう一度彼と話ができた。心残りは、もうない。最後にもう一度顔を見ようと思ったけど、また未練を感じてしまいそうだったので、そのまま光に飲み込まれていった。
目が覚めた。寝起きの体に冬の寒さは堪えるようで、なかなか布団から抜け出すことができない。さらには殺風景で狭苦しい部屋が不安を煽る。このままずっと殻にこもっていたい。
ぼーっとして、5分くらい経っただろうか。今日見た夢がひときわ不思議なものだったと思い出す。
あいつがいなくなってどれだけの時間が経っただろうか。人への情のかけ方を知らない自分には涙を流すことさえできなかった。話し相手を失った今、実に空虚な日常が続いている。しかし今日、我々は再会を果たした。夢の中での、ほんのわずかな密会であったが。
もう二度と、このようなことはないだろう。これ以上の出会いがあれば、おそらく私はある大切なことさえ忘れてしまうから。どうして彼は訪ねて来たのか。これも単調な生活を送る私を気の毒に思ったのであろう。
花でも添えに行こうか、という気になったので、簡単に家を出る準備を済ませた。感謝を伝えるためにも。
「さよなら」
特に意味もなく、誰もいない部屋に向かって呟く。今ここにいる自分がもう戻ってこないかのように。
回る天体模型、頭上の宇宙 八坂 @akibin0728
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