終章
終章
月明かりに照らされた美しい薔薇園に、一人の少女が立っていた。
この薔薇園で起きた騒動から、もう一週間が経っていた。無残にも刈られた薔薇たちは、薔薇姫の力によって美しく蘇った。
「お待たせして申し訳ありません、フェリシア様」
黒いマントの男が、美しい薔薇姫の前に跪く。
「わたくしを待たせるなんて、あり得ないわ。それで、何の用かしら?」
ツンと冷たく言い放った薔薇姫だが、その頬は桃色に染まっていた。しかし、次の男の言葉を聞いてその表情は一変する。
「お別れの挨拶を、と思いまして……」
「何を言っているの?」
「私は、ずっとフェリシア様に嘘をついていました」
そう言われて、フェリシアは兄グースから聞いたことを思い出す。
「それなら知っているわ。あなたが隣国リモーネの王子であることも、あなたの境遇も、少しだけ……」
「御存じでしたか。フェリシア様を騙していた私は、もうあなたの側にいる資格はありません。それに、私は妾の子。正統な王族ではありません」
ギルバートの母は、容姿は美しかったが王宮の使用人で、身分は低かった。
だから、国王の子であってもギルバートへの風当たりは強く、母は自分の立場を確立するためにギルバートを道具として利用しようとしていた。母のためにとギルバートは努力したが、王妃の子である弟たちの命を脅かそうとした母に反発した。そして、元々身体の弱かったギルバートの母は心労が重なって死んでしまった。
守りたかった母は、ギルバートを恨んで死んでいった。
「そんなこと、関係ないわ!」
フェリシアはおもいきり叫んだ。ギルバートの過去がなんであれ、その過去を乗り越えてきたから、ギルバートはフェリシアの孤独に気付いてくれた。弱さに気付いてくれた。心に寄り添ってくれた。
「あなたはわたくしの専属魔術師でしょう?」
フェリシアは、目の前に跪く男の頬に触れた。今までは、誰かに触れられることも、触れることもしなかった。しかし、薔薇を纏うことをやめたフェリシアは、自由に人と触れ合うことができる。身体には、もう黒い痣はない。
それは、ギルバートがいてくれたから。
「俺が、側にいてもいいのですか?」
ギルバートは驚いて顔を上げる。ギルバートの素が見れて、フェリシアは嬉しくなる。
「ギルの声だけがわたくしの心に届いたの。だから、あの時呼び捨てにしたことも乱暴な言葉遣いをしたことも許してあげる。でも、わたくしの側を離れることは許さないわ」
そう言って、フェリシアはにっこりと笑った。来るはずがないと思っていた王子様が、今目の前にいる。手放すものか。
「勝手にいなくなったりしたら承知しないわよ」
「えぇ。俺はあなたのための魔術師だ」
側に置いたこと、後悔しないでくださいね――と囁かれたかと思うと、フェリシアの身体は立ち上がったギルバートに抱きしめられた。
そして、フェリシアに優しい言葉をかけるその唇で、ギルバートは赤い花弁のような唇を塞いだ。
「愛しています」
甘く優しい愛の告白を、とろけるような口づけを、フェリシアは受け止めるだけで精一杯だった。
薔薇姫は美しい月の夜、一人の男に心を奪われた。
男は今まで人を棘で遠ざけていた薔薇姫の心にボロボロになりながらも触れた。
そして、薔薇姫は今日も愛する男の隣で月夜の下、笑うのだ。
気高き薔薇姫は月夜に笑う 奏 舞音 @kanade_maine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます