第3話 ジムノペディ 第一番
「いつまでこうしてる気なの?」
先生は笑いまじりにそう言った。
もう数十分は経っただろうか。辺りはもう暗くなっている。
「ごめんなさい、あまりにも心地よかったので」
「俺はきみの抱き枕かなにかなの?」
「……そうかもしれませんね」
「へえ、そうなんだ。知らなかった」
先生が笑うと、その振動が伝わってくすぐったい。早まる鼓動を気づかれないように、少しだけ身じろぎをした。
――私は時々分からなくなってしまう。先生が私にとってどんな存在なのか。大好きで、大切な人だということは確か。でも、それがかつてお父さんに向けていたような感情なのか、それとも、恋する人に向けるような感情なのかは曖昧だ。
抱きしめられると安心する。たまに笑うとドキリとする。優しくされると胸が締めつけらたようになる。
どう考えても分からなかった。別に、分かろうとする必要はないのかもしれない。今、こうやっていることが幸せなのだから。
「先生、お願いしていいですか?」
私がそう問いかけると、先生は怪訝そうな顔をした。
「なに?」
「今度、聴いてほしい曲があるんです」
「曲? なんの曲よ」
「……思い出の曲です」
私がそう言うと、頭の中にサティのジムノペディが流れてきた。Lent et douloureux――愁いを帯びたメロディーは、ゆっくりと苦しみをもって、体の隅まで行き渡っていく。痛くて苦しいのは嫌いだけれど、この苦しみは嫌いじゃない。その理由ははっきりと分かっていた。
エリック・サティ作曲『ジムノペディ 第一番』。
この曲は、先生とお父さんに送る曲。
ジムノペディ 第一番 櫻井雪 @sakuraiyuki
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