土曜日(午後)

 持参したサンドイッチを手を汚さないように注意しながら頬張る。

 間食程度ならいいが、昼ごはんのような量の多く決まった時間に食べるものはできるだけ元の世界から持ってきたものの方がいい、とアイリ館長が言っていた。こちらの世界のものを多く食べていると、元の世界に戻ったとき悪影響があるかもしれない、らしい。

 口の中のパンを水筒のお茶で無理やり流し込む。今の時間は昼休憩だ、働いている人数、特に警備の数を減らさないように数人で急いでご飯を済ませては配置に戻っている。

 本当は僕のお昼休みの割り当ては遅めの方だったけど、ラザの妹が早めに来た場合でも対応できるようにと早くしてもらってる、本当にアイリ館長には頭が下がる限りだ。



 入り口近くの本棚を整理しながらラザ達を待つ、ある程度の融通は利かせてもらえてるとはいっても仕事を放棄するつもりはない。

 机の上に置きっぱなしにされた魔導書を同系統の魔導書がしまわれている場所に入れ直す。こういう細かい作業は、つねに様子をイメージし続ける魔法よりも実際に自分の手でやったほうがはるかに効率がいい。

 そうして仕事をしていると不意に後ろから肩を叩かれた、利用者の方だと思って後ろを振り向くと、少し息を切らしたラザが立っていた、どうやら図書館では静かにするということを実践してくれているらしい。


 その後ろ、ラザから数歩離れた場所にその少女はいた。

 同じ金色の髪の毛をリボンでツインテールにまとめている、身長は少しラザより低い位だろうか、尖った耳を少し赤くしながら視線を泳がしてるところを見るに、兄とは違って人見知りな性格なのかもしれない。


「ほらシズ、あいさつ」


 ラザが優しい声で話しかける。

 ……誰だこいつ、いや本当に誰だ。今日の午前中とはまるで別人のようなラザを訝しむような目で見つめていると、あいさつを促された妹さんの方がおどおどしながら一歩前に出てきた。


「えっと、始めまして。私は森人エルフのシズと言います……その、兄がいつもお世話になっています。」


 シズと名乗った彼女はラザより前に出ると僕に向かって一礼してきた、もちろん声の大きさはほかの利用者の邪魔にならない程度だ。

 本当にこの娘とラザは兄妹なのだろうか、ますます疑惑が増えていく。ラザにもう一度疑いを含んだ目を向けると、彼はいかにもかわいいだろう?と言いたげな顔を浮かべていた。


「どうだ?ナナカ、うちの妹は可愛いだろう?」


 言った。


「……兄さん、私たちはわがままを言ってるんだから、あんまりナナカさんを困らせるようなことは……」

「確かに、すごくかわいい」


 素直に返した。

 若干固まったのち、シズさんは顔を隠すようにうつむかせる。ラザが右手の親指を立ててきたのでこちらも強く親指を立てた。

 言葉はなくとも、そこには確固たる友情が存在していた。



「さて、と……じゃあ、本題に入ろっか」


 話を元に戻す、正直に言えばこのままラザの妹をいじり続けるのと、あとは少女は本当にラザの妹なのかを突き止めることだけで一日時間をつぶせそうではあったけど、あくまで仕事だ。


「そっ、そうですね、それで、その……」

「シズの探してる本、見つかりそうか?」


 シズがしゃべっている途中でラザが食い気味に前に出てくる。シズは少し不安そうな表情で、ラザは期待した表情で、それぞれ違った様子でこちらをじっと見つめてくる。


「絶対に、とは言い切れないけど……大丈夫、僕に任せて」


 出来る限りの明るい顔で返す。図書館員として、本のことで利用客を不安にさせるようなことは極力避けるようにする。


「それじゃあシズさんの探している本について聞いていくから、覚えてる限りで答えてくれるかな?」


 謎の睨みをきかせてくるシスコンを無視しながら一歩前に出て妹さんの方に話しかける、彼女は一瞬びくっと体を強張らせたが笑顔と優しい声が効いたのかおずおずとうなずいた。

 ゆっくりと話しやすい速さで質問し始める、本があった位置についての質問は大まかなものだけだ、それを詳しく覚えてるならしらみつぶしに探しているだろうし、下手に答えられなさそうな質問をして彼女の言葉を詰まらせてしまうことは避けたい。

 入り口から近かったかとか、本棚から机までは遠かったかだとか、大まかなものだけを聞いていく。幸いにも彼女の説明はわかりやすかった、多分、何回か他の図書館員にも聞いていたんだと思う。


 場所についての簡単な質問を終え、次は本そのものについての質問をする。表紙は何色だったとか、お話の中に勇者は出てきたかとか、出来るだけ印象に残りそうな部分を聞いていく。

 返ってきた答えをメモにまとめていく、二十はいかない程度の質問を終えたらぱんっ、と小気味よく音をたててメモ帳を閉じる。

 話しているうちに緊張が落ち着いてきたのか、途中から質問に付け足しながら答えていた彼女がその音にハッと俯き気味だった顔を上げた。

 そんな彼女に少しカッコつけるように僕は口を開いた。


「うん、だいたいわかった。それじゃ、君の探している本に会いに行こうか!」



 広い図書館の中は目的の場所に行くだけでもそこそこ歩く。本を見つけたという入り口と逆側の方向の隅っこあたりを目指して歩いている中で、後ろを歩いている妹にばれないような声でラザが話しかけてきた。


「なあ、ナナカ」

「……なに?」


 声の調子は妹の前の時みたいに作った感じじゃないけど、いつもより少し不安そうだ。隣に並ばれると身長差が目立ってあんまりうれしくないが、妹に聞かれたくない話のようなのでしぶしぶそのまま会話を始める。


「いや、頼んでおいてこんなこと言うのもなんだけどさ……あれっぽっちの内容でこんな沢山の本の中から目的の一冊なんて見つけられんのかよ」

「まあ、うん、正直難しいことは否定しないけど……一応、目星はつけてる」

「……本当に?」


 今度はラザのほうから訝しむような目で見つめられる、若干苦笑いを浮かべながら見つめ返す、ラザと話す時なら多少堂々としてなくても大丈夫だろう。


「うーん、じゃあラザ、ここの図書館って雑誌とかを除いて何冊の本があると思う?」

「はぁ?えっと……一億とか、そのあたり?」

「うん、惜しい、答えは約一億五千万冊。ただし、魔導書はその中の約九千万冊を占めているんだ」


 話を聞いたラザは一度驚嘆したような顔を浮かべる、ただそのあとすぐにこちらに胡散臭いものを見るような目を向けてきた。


「えっと、それがなんか関係あるのか?」

「ラザの妹に質問した時に登場人物について尋ねたでしょ?あれで魔導書じゃないことが分かったからとりあえず六千万冊まで絞り込めたんだ。そのうえで大体の場所は教えてもらったし、上の方の棚は探さなくていいからこの時点で大分絞れてる」

「上の方の棚を見なくていいっていうのは?」

「シズさんは、たまたま目についた本をとったんでしょ?身長的に考えて最下段の棚と五段目以上の棚がたまたま目につくってことはないはずだから」

「はー、いろいろ考え付くもんだなぁ」


 今度は本当に驚いた様子でこちらを見つめてきた、にやりと笑い返しながら話を続ける。


「まあ、正直なところこのくらいなら図書館員なら全員思いつくんだよね、みんな僕より優秀だから」

「……んじゃ、別にお前に無理して頼まなくてもよかったのか?ちょっと申し訳ないんだけど……」


 ぐぅと唸り声をもらして申し訳なさそうに耳をしゅんとさせるラザの肩に軽く手を乗っける。


「いんや、僕に頼んでよかったと思うよ……というより、彼女もう何人かに聞いてるみたいだし」

「は、え?まじで?」

「うん、まじで。おどおどとしてはいたけど、質問への答えは慣れてたみたいだし」

「まあ、それも当然か……俺の妹がただ怒ってるだけの訳ないし!」


 そんなふうに会話を続けているうちに目的の場所にたどり着いた、隣でしらみつぶしに探すぞー!と意気込むラザを横目にもう少し奥まで歩く。

 周囲の本から自分のいる場所を判断する、もう少し奥の本棚だ、間違えないように進んでいると途中で後ろからラザが小走りで駆けてきた。


「おい、どうしたんだよナナカ!探すんじゃないのか?」

「いや、言ったでしょ?目星はつけてるって」


 目的の本棚にたどり着く、その中から一冊の本を手に取った。

 聞いた通りの表紙の色だ、タイトルは『朝凪の虹の丘』


「図書館員にも苦手な本の分野と得意な本の分野があるんだ」


 本を汚さないように丁寧に開く、一応内容を確認しておき、ちゃんと記憶の中にあったこの本の内容と間違ってないことを確認する。


「でさ、今まで見たことのないドラゴンの伝説や、それこそ勇者の話を見てみたいなら、伝記とか作者の体験談がまとめられた本を見ればいいって考えは、結構いろんな人が持っているもので。だからこそ完全にオリジナルの小説についてよく知ってる人っていうのは残念ながら少ないんだ」


 さきほどまで近くの本棚から順番に探していたらしいシズさんがゆっくりとこちらへやってきた、ラザはさっきからしゃべらずに、じっと話を聞いてくれている。


「だから、ほかの館員が答えられなかったってことは探してる本は元ネタのない小説なんだなって思って」


 少女の目の前に一歩踏み出す。

 手に持っている本を両手でしっかりと持ち直しながら彼女の前に差し出す。


「探し物は、こちらの本でよろしいでしょうか?」


 彼女は、差し出された小説を受け取った。数秒、間を空けて彼女は


「これですっ!ありがとうございます!」


 満開の花のような笑みで、とっても元気にお礼を言った。




「なあなあナナカ」


 受け取った本を持って読書用のテーブルに駆けて行った彼女のあとをゆっくりと歩いて追いながら、ラザは少し不思議そうな顔で話しかけてきた。


「今ちらっと見たんだけど、あの色の表紙の小説、ほかにもいろいろあったじゃん?どうしてあれが探してるものだと思ったんだ?」


 説明するのは恥ずかしいんだけど、というと軽く肩を小突かれた。

 本当に、あまりほかの人には言いたくない理由なんだけど、どうやらラザは話すまで納得してくれないらしい。恥ずかしいと断った理由を聞き出そうとにやにやしているラザに、これ以上にやにやされないようにしぶしぶ答える。


「本当はさ、いくつか残っている候補のなかであれが目当てのものだってわかってたわけじゃないんだけど」


 一度言葉を切る、ラザは依然として話の続きを期待しながらこちらを見つめている。


「僕が、あの本を読んだときに、とても面白い小説だと思ったから」


 ラザの目が優しげなものに変わる、やっぱり言うんじゃなかった、相当に恥ずかしい。

 照れ隠しの様に、じゃあ仕事に戻るからと伝えると同時に周囲が本棚じゃない、少し開けた読書スペースに出た。

 ラザの妹がそこで本を読んでいる、笑顔で、楽しそうに、時にはらはらとした表情で本の中の世界を楽しんでいる。

 ラザと目を合わせる、多分、思っているのは同じことだろう。

 僕たちは、まったく同じタイミングでグーにしたこぶしとこぶしをぶつけあった。


 沢山の人がいる図書館の中で、本を読む人々がその世界に魅了され、音も映像もない世界を想像して表情を変えている。


 図書館は、今日も静かに賑やかだ。

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