休日バイトは異世界図書館で!

響華

土曜日(午前)

 空を見上げれば、まだ朝も早いのに太陽がギラギラと光を放っている。

 夏も終わり、秋の始まりが近いのに元気に頑張る太陽のせいか、今日も残暑が続いているようだ。

 左手の袋の中身を気にしながら、さんさんと太陽の照りつける道を僕は少し駆け足で進む。土曜日でも人通りの少ない道を、出来るだけ進む速さを緩めずに歩いて行った。


 ほどなくして、目的地の図書館についた。

 空調の利いた館内で少し息を整えながら一度袋の中身を確認する。

  大丈夫だ、溶けてない。

 ほっと一息ついた後、一度ぐるっと図書館の中を回ってみる。図書館は静かだ、もちろん全く無音なわけじゃないけど、足音や紙の擦れる音、本を取り出し仕舞う音を含めたである図書館が僕は好きだ。


 ふと、壁に掛けられている時計を確認する。バイトのシフトまでまだ一時間以上はあるけど、袋の中身のことも考えるとそろそろ出勤しておいた方がいいかもしれない。

 一度足を止めて今いる位置を確認する、左側の棚に三日前に読んだ本が置いてあるのを確認して向かう方向を決める。


 行き先は出入口から一番離れた隅っこの本棚、その下段の端っこにある古ぼけた赤い表紙の本を手に取る。

 周りを見渡す、人影は見えない。ここだけ不自然に監視カメラもついていない、誰もここを見ていないことを確認する。

 タイトルの書かれていない本を開く、一度深呼吸をしてページをパラパラとめくる。100ページ目にたどり着いたと同時、目の前を白い光が包む。


 目を瞑る、持っていた本の重さが消える。若干の浮遊感が体を覆う。

 数秒の間とともに、光と浮遊感が消える。手に持っている本を閉じる、一つ息を吐いて目を開ける。



 目の前には、先程とは比較にならないほど巨大な本棚が立ち並んでいた。

 朧気な明るさだ。日光によるものでも、蛍光灯のものでもない淡い光が、高すぎて目に見えない天井の方から降り注いでいる。

 一変した風景の中で、手に持っている本を棚の空いている場所にしまって歩き出す。


 まだ誰もいないテーブルを通りすぎ、少し背の低めの本棚の先にある受付のカウンターの横のドアの前に立つ。ズボンのポケットから小さめの本を取り出してページを開く。


「『開け』」


 複雑な魔方陣が描かれているページをドアの目の前にかざす。この魔方陣の紋様を覚えておけばいちいち本を取り出す必要もないのだけれど、いまだにいまいち覚えきれていない。

 ガチャンッと、鍵の開く音が響く。

 開館前のこの部屋は、窃盗防止のために魔法による鍵がかかっている。あけるための魔方陣を知っているのはここで働いている人だけだ。


 出来るだけ音をたてないようにゆっくりとドアを開ける、半分ほど開いたドアの先の空間、そこに彼女はいた。

 相変わらず少し気だるげで、眠そうにしながらゆりかご椅子に腰を掛け、読書をしている。ページをめくる音だけが響く中、こちらの存在に気づいた様子の彼女が本を置いて椅子から立ち上がった。

 高校生男子にしては少し背が低めの僕の、さらに肩くらいの身長しかない彼女はこちらを見上げると一度あくびをした。


「……今日も、異世界からご苦労様、ナナカ……」

「いえいえ、僕の方も楽しんでますから、アイリ館長」

「アイリでいい……それより」


 言葉を切って、彼女はゆっくりとこちらに歩いてくる。

 近づくと、どうしても見下ろすような形になってしまう。すぐそばの位置まで来た彼女は僕の左手に持っていた袋を流れるような動作で奪い取ると、中に入っていたお土産のソフトクリームを取り出して言った。


「仕事まで、まだ時間がある……ソフトクリーム、だっけ……?今貰うね」




 図書館で配布された制服に着替え、その上から紺色のローブを着る。

 朝の業務確認の時間だ、一番最初に来たはずなのに話し込んでいたせいか着替え終わったころにはもう整列がほとんど終わっていた。

 館員であることを示す紺色のローブを着ている大勢の人の前で一人だけ白色のローブを身に付けている人がいる。

 アイリ館長だ、腰まで伸びた長い銀色の髪と白色の衣服が合わさって、雪や冬のような印象を受ける。

 ここ、王立図書館はこの世界において最大の図書館らしい、物語などを含めたほぼすべての本があると言われているこの図書館の館長になるには、並大抵な努力じゃ足りないらしい、彼女はそんなここで、最年少で館長になった実績を持っている。


 朝の業務確認は、基本的には速やかに終わる。

 仕事は大まかに分けて館内の整理、図書の受付業、そして図書館の警備の三つだ、日によってほかの仕事も行われているが、その三つは毎日必ず行われている。

 今日僕が午前中に担当する仕事は図書の受付業だった。とはいっても、貸し出したり場所を聞かれたりするのは基本的に物語や雑学の本ではない、魔導書だ。


「おいっすナナカ!」


 受付のカウンターの前で待機していると、金髪のすらっとした長身の青年が声をかけてきた。

 図書館の中は基本的に静かだ、たとえ、声量が普段と変わらない程度でも館内に響くほどには。周囲からの視線が痛い、知らない人のふりをしたいがこれ以上この声量で話しかけられても困るのでしぶしぶ応答する。


「ラザ、声が大きい」

「……おいおい、せっかく話しかけたのにそれだけかよ……」


 尖った耳をピコピコと動かしながら、素直に声の音量を下げてくれた。

 ラザは森人エルフだ、この世界では一般的な人間より魔法を使え、夜目も利く代わりに病気にかかりやすい種族であると、このまえここで見た本に載っていた。


「それで、用事は?」

「あ、そうそう、花細工に関する魔導書ってある?」

「あー、ちょっと待ってて」


 カウンターの上においてある魔導書を広げる、こっちの魔方陣はここで働くときに絶対におぼえさせられるものだけど、それでもないよりはあったほうが安心できる。

 細工についての魔法が書かれている魔導書の位置を思い浮かべる、魔法を使う上で必要なのは三つ、正確な魔方陣と魔法のイメージ、そして自分の体か空気に漂っている魔力だ。


「本よ、『浮かべ』」


 目的の本の位置をより鮮明に思い浮かべる、魔方陣は魔導書を開いている限り正確に思い浮かべる必要はない。魔力は自然に漂っているものを使う、ここ以外の世界の人には体に魔力をためる構造を持っていないため、使えるのは空気中の魔力の消費だけで補える魔法だけ……と、アイリ館長に聞いた。


 遠くの本棚から数冊の本がこちらに向かって飛んでくる、受付の目の前まで来るとそれらの本はゆっくりと速度を落として目の前に積まれた。

 積まれた本の中から三冊ほど花細工の魔導書を取り出して差し出す。


「はい、どれがいいかな?」

「どれって言われてもなぁ……俺、こういうのはよくわかんないからさ」

「……そもそも、なんで急に花細工?内職でも始めるの?」


 本を並べながらそう問いかける、花細工にも少しの魔力で花輪っか程度のものを作る魔法もあれば、大量の魔力を利用して庭の花を一気に装飾するものなどさまざまな種類が存在する。当然使う魔法の種類によって見なきゃいけない魔導書は変わってくる。


「……言わなきゃ、駄目か?」

「言わないんだったら、この魔導書はしまうけど」


 淡々と、業務用の声で告げる。

 仕事上そんなことをしていいわけではないけど、ラザの場合目的に合わない魔導書を渡してしまうと何かしら失敗するのが目に見えてる。


「くっ、それだめだろ、アイリさんに言うぞ……」

 やれやれと肩をすくめながら、ラザが一度ため息をついた。


「わかった、言うよ……その、妹を怒らせちまってよ……」

「それで、許してもらうために花細工を作ってプレゼントするつもりだったと?」

「ああ、そうだよ……だから、そんな感じの花細工を頼む」

「怒らせた理由は?心当たりはあるのか?」


 問い詰めるような口調で話すと、目の前でラザの体がどんどん縮こまっていく。

 ラザは一度目をそらすと少し言葉に詰まりながら話し出す。


「それが、以前妹と一緒にここに来た時さ、妹が気になる本を見つけたらしいんだけど読んでる途中で俺の用事が済んだから妹が借りる前に図書館から帰らせちまって……」

「読書の途中で無理やり?それは僕でも怒るなぁ……」

「本の名前も覚えてないし、内容もしっかり覚えてるわけじゃないから館の人に聞いてもわかんなくて、兄ちゃんのせいだーって言われて口きいてもらえなくなって……」


 ラザは受け付けのカウンターに突っ伏しながらしゃべる、ここまで落ち込んでいる彼を見るのは初めてだ。妹がらみになるとどうも弱いらしい。


「それなら」


 少しうるさいやつだけど、こっちの世界では数少ない友人の一人の頼みだ。

 そして、本が好きな少女の頼みだ、図書館員として、一人の男としてこの頼みを断る理由はない。


「僕も一緒に探すよ、そっちのほうが妹さんも喜んでくれるだろうし」

「本当か!よっし今すぐ妹連れて――」


「……うるさい」


 騒ぎすぎた。

 主に、ラザの方が。


「すいません……」


 同時に謝る、周囲からの視線がグサグサと刺さる、こんなことなら依頼を受けないほうが良かったかもしれない。

 いつもなら誰も見ていない部屋で本を読んでいるはずのアイリ館長がかなり不機嫌そうな顔でこちらを見ている。


「図書館員が、仕事より私的な会話を優先していいと思う……?」

「……いいえ」


 アイリ館長の顔より低く頭を下げる。

 こちらに近寄る足音が聞こえる、思わず目を閉じると頭の上にポンと手が置かれた。


「分かったなら、いい……とりあえず仕事に戻って……」


 顔を上げる、アイリ館長はかわらず不機嫌そうな顔のまま元居た部屋へと戻っていくところだ。

 少し気まずそうな様子のラザがこちらに向かって頭を下げようとしているのを片手で制す、仕事を怠けて軽率に動いたのはこちらの責任だ。

 ラザの方に向けて少し謝罪を入れ、仕事に戻ろうとしたときに背中から少しだるそうな、しかし優しい声で話しかけられた。


「ナナカ……午後の仕事、館内の整理に変更して……やることは、わかってるよね……?」

「……はい、しまわれてない本や別の場所にある本を所定の位置に戻すこと、そして、お客様に本の場所を聞かれた場合、その場所まで案内することです!」


 振り向けば、先ほどまで不機嫌そうな表情だった彼女が微笑みながら僕とラザの方を見ていた。彼女が少し口を動かすと、ならべていた花細工の本の上に何本かの氷でできた造花が現れる。


「本好きの妹さんに、よろしくね……」


 最後までゆったりとした口調で彼女は部屋へと戻って行った。

 さあ、仕事を再開しよう。ラザは一度無言で頭を下げた後、図書館から出て行った。午前の仕事が終わるまで、あと、少し。

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