第179話 一歩(2)

「お・・おはよう。」


高宮は気まずそうに、秘書課に入って理沙に挨拶をした。


「高宮さん。 大丈夫なんですか?」


ギブスに松葉杖姿の彼を目の当たりにして心配そうに言った。


「ほんっと、ごめんね。 おれもまさかこんなことになるとは、」


ただでさえ、スーツに松葉杖なんて間抜けな姿を人にさらしたくないのに。


「いいえ。 年末はなんとかこなしましたから。」


理沙はにっこり笑った。


「私ではいたらないところだらけですが。 芦田支社長代理も我慢してくださっているんだと思います。」


「そんなこと、ないよ。 水谷さんは立派な『支社長秘書』なんだから。」


気のせいか


彼女が少したくましくなっているような気がした。



「水谷くん、会議の資料、できてる?」


隣の支社長室から芦田が出てくる。


「あ、芦田さん、」


高宮は杖をつきながら近寄った。


「ああ。 もう来れるのか? なんならもう少し自宅療養していたらどうだ、」


あっさりとそう言われた。


「いえ・・年末の忙しい時に休んでご迷惑を掛けてしまって。」


「迷惑なんか、大したことない。 水谷くんがよくやってくれているから。」


理沙は笑顔で芦田に資料を手渡し、


「私も今行きますので、」


と席を立った。



何だか


浦島太郎的気分。


結局休んだのは1日だけで。 


東京へいきなり行って、あの騒ぎになってからまだ1週間も経っていないのに。 


理沙の存在感をものすごく感じた。




「うっそ。 高宮、なんもしなかったの??」


「・・らしい、です。 ホテルも一緒の部屋で泊まったみたいなんですけど、」


「え? なにあの男。 なんか問題あるんかな、」


「またそんなこと言って。 何もないでしょう。 まあ、あのギブスじゃあ。」


「足なんか関係ないよ。 やろうと思えば全然できるじゃん。」


給湯室で南と萌香はそんな話をしていた。


萌香は志藤に淹れたコーヒーをトレイに載せて、そこを出ようとすると、


入り口に斯波が張り付いているのを見てぎょっとした。



「なっ・・。 あ~、びっくりした。 なに?」


「えっ。」


斯波はオロオロし始めた。


「立ち聞きしてたね?」


南がジロっと睨んだ。


「立ち聞きって! 前を通ったら聞こえてきちゃっただけだ。」


プイっと横を向いた。


「もう、心配しちゃって。 だから加瀬さんはもう大人なんですから。」


萌香はクスっと笑った。


「昨日、萌がちゃんと説明してくれないから・・」



「ね! 信じられへんやろ~? 高宮、なんもせえへんかったんやって!」


南は興奮して斯波の腕を叩く。


「いって・・」


その腕をさすった。


「とりあえず、男としてはどうよ。 なんかいい人ぶってるんちゃうの?」


南はアハハと笑った。



まあ・・


好きな女と一緒の部屋に泊まって。


何もしないって


けっこう


勇気いるけど。




斯波は思わず自分に当てはめて考えてしまった。


「もう、放っておくように言ってください。 このお父さんに。」


萌香は南に笑ってそう言った。


「お父さんじゃねえ!」


斯波が否定すればするほどおかしくて二人で笑いこけてしまった。




「も・・ヤバい。 さっきお昼食べたばっかなのに。 もうおなか空いてきた。」


夏希はおなかを押さえながら書き物をしていた。


「燃費わる・・」


八神は笑った。


「八神さん、お正月は実家に帰ったんですか?」


「うん。 まーね。」


「え、どこでしたっけ。 勝浦?」


「勝沼! 山梨の!」


「あ、そっか。 おいしそうなトコですよねえ・・」


夏希は嬉しそうに想像した。


「ぶどうばっかなトコじゃねーからな。」




なんか


丸っきり普通な感じ。


昨日あんなに泣いていたのに。



萌香はそんな夏希を見て、少しホッとしてため息をついた。





「なんだよ。 めっちゃ元気やん、」


後ろから志藤の声がして萌香は慌てて振り向いた。


「え?」


「せつな~く別れてきたわりに。 どんなにしょげ返ってるのかと思えば。」


タバコに火をつけた。


「・・もう、加瀬さんのこと知ってるんですか?」


「聞きたくなくても教えてくれるヤツがいる・・」


煙をふうっと吐いた。



まったく


みんな、おもしろがっているのか、心配しているのか。



萌香はおかしくてクスっと笑ってしまった。




寂しくないわけじゃないけど。


でも


今は自分のやるべきことをやるだけだ。



春になれば


あの人は帰ってくる。


それまで


あたしは頑張る。


一人前に仕事をさせてもらえるように。



夏希は自分を奮い立たせた。



------------------------------------------------------------------------------------------------------------


『peach bloosm編』終了となります。


夏希と高宮の恋はまだまだ始まったばかりです。


彼らのお話のつづきは『My sweet home~恋のカタチ。2--bitter green編』でどうぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

My sweet home~恋のカタチ。1--cherry red-- 森野日菜 @Hina-green

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ