異世界転移してしまったのでとりあえず新聞屋になろうと思う
ちはや
第1話
これを読んでいる読者には悪いが、ここからは自分のその曖昧な記憶と照らし合わせながら書かせていただく。何分、その時のことは夢のようであまり覚えていない。
普段から書くことに慣れていないもののこうやってその時の文章を書いてくださいと頼まれては致し方ない。その時何が起きたかを話させて、いや記させていただく。
目の前には住んでいる村で恐れられている人喰い龍がいた。「堕ちた使徒」と呼ばれているその人喰い龍はが黒い十字の文様が刻まれたその目玉をギョロギョロと回し、こちらの全身を舐めまわすように観察してくる。
ああ、死んだと。怪我をして騎士を続けられなくなり田舎に隠居したと思ったらこれだ。最近は手慰みでパン屋などを始めてみると上手くいくものだから王都から取材の申し込みもあったものなのに。
引退の原因となった足は動かず、手に持っているのは手に馴染んだ剣ではなく厳しい山道を登るための杖。ここまでか。そう思って目を瞑る。
次に自分が感じ取れたのは、音だった。圧倒的な破壊音。何から何まで圧縮して、そう、例えるのならキュガッという所だろうか。
何が起こっているかは正直分かりそうにもなかった。
音がやんだ後、目を開けた自分が分かったのは目の前にあった死は数瞬のうちに取り払われ、現れたその人は、あまり見ないその黒髪黒目の男は笑ってこういったのだ。
「あなたはカール・シュルツさんですね?取材に参りました」
ーーーー最近話題のパン屋の主人、カール・シュルツ
きい、きいと木の椅子が今にも壊れそうな音を鳴らす。レンガ造りのその事務所には二人の人物。扉の向かい、窓を背おうその席に座った黒髪黒目の男は退屈そうに椅子を揺らす。
「やめてくださいよ。壊れたらどうするんですか」
煌めく金髪を鹿撃ち帽に収め、かっちりとした印象を受ける服装をしている少女。一見者うねんのようにも見えるものの声変わり前の綺麗なソプラノボイスが少女だと確信させる。その少女は自分の手帳をペラペラとめくりながら目も向けずに忠告する。
「買い直すまでだよ。ジュリアスくんがね」
「雇い主といえどぶっ飛ばすぞ」
少女は手帳を見るのをやめて机の上の用紙になにか書き始めたがやはり男の方には目を向けずに軽口を叩く。それを見てやや不満げにため息をつく男。
「それが雇い主に対する態度かね?せめて目を向けないかい?」
「どのような経緯で雇ったのか胸張って言える口か?憲兵に訴えてもいいんだぞ」
「む、しょうがない。ご飯を食べに行こう。僕のおごりでいい」
「わーい。最近開いたピザ行きましょうよピザ」
急に態度を変えた男に対して冷たい目を向けながら筆を置く。そこに書かれていたのは郊外とも言える王都から少し離れた村にいる話題のパン屋の主人が見た神出鬼没、王都の騎士他やり手の冒険者ですら手をこまねいていた、襲われたら運以外に恨むものがない、そうされている龍の討伐劇であった。
「(……………流石に情報が少なすぎるので没かも知れませんね)」
財布の中身をしきりに確認しながら首筋にたらりと冷や汗を流す男の背中をどつき、事務所の外に出た。
今日も蒐集新聞社は平和です。
異世界転移してしまったのでとりあえず新聞屋になろうと思う ちはや @chihayahuru
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