第2話 幸福の押しつけ
その命を愚弄するのが私の趣味でした。獲物の歳の程は十代後半から二十代後半。髪は黒が良いですね、赤く染まることもなく、触れたならば決して侵される事のない黒が、私の業悪によって染め上げられ、赤を滲ませるのです。それを見るのが、まあとても楽しく、いつも私はくつくつと肩を震わせて笑っていた次第であります。
何人目でしたか、確か四十人を少し超えたくらいでしたでしょうか。街角で彼女は春を鬻ぐ、そんな仕事をしている貧乏なアジア系の娘でした。歳の程は二十に達しようとしているようにも見え、あぁ今回の"玩具"はこれにしようと思い、私は近寄りました。手には百三十ドルばかりの端金。車を寄せては、何時もの薄ら笑みを浮かべて、彼女へと声を掛けました。
「どうだい?」
と、手の中の金をちらつかせてです。彼女は少し言葉が不自由なようで、語末がやや間延びした訛りがありました。アジア系だとは思っていましたが、どうも中国系なようです。すらりと伸びた足には無駄な肉がなく、全体的に痩せて小柄な印象でした。それでいて、健康的な笑顔を浮かべながら、「その金額じゃちょっと足りない」などと下卑、世の中に擦れ切った言葉を放つものですから、その相違が私にとってはたまらなく、これから彼女が自分の悲鳴を聞く事になると思えば、どうにも興奮を覚えてしまうのでした。
その日の犯行は中々に愉快なものでして、首を絞めれば脳に酸素が行き届かず、餌を求めて水面に口を出す魚のように口を幾度となく開いては閉じ、開いては閉じと繰り返し、目尻には涙を湛えるのです。足をばたつかせるものですから、途中灰皿で殴りつけたら、気をやってしまったようで一瞬だけ動かなくなり、その足をガムテープで二重、三重、四重と縛り付けました。膝下全てが覆われたところで、彼女は意識を取り戻したようで、ぜぇぜぇと息を吐き、肩を震わせておりました。途切れ途切れではありましたが、訛りの強い言葉で私を罵倒する声が聞こえるのですが、まぁ私も興奮しておりましたから、彼女の声なんて聞いてはいません。その声を聞いているのはレコードプレイヤーに繋がれたマイクだけで、私が彼女の声を聞くのは全てが終わった後の事。
何度か彼女を甚振って、その血が少しずつベッドのシーツを汚し始めた時、私の首に彼女の爪が立てられまして、薄い皮膚を裂いては傷を付けたのです。私は指先で、その傷をなぞり赤黒く染まった指先を彼女の頬の上で走らせました。彼女の爪の中には、私の皮膚が入っているでしょうからそれを取り除く必要があります。少し待っていて、と私は階下へ下り、台所へと肉切り用の包丁を取りに行きました。シンクには薄っすらと肉がついたまま、目をひん剥いている首が私を恨めしげに見ておりましたが、彼女には片方の目がなく、どうにも圧力を感じられず、私は鼻で笑いながらその首の額を中指で弾くのでした。
部屋に戻ると逃げ出そうとしたのか、彼女は床に転げ、のたうち回っておりました。逃げたらダメじゃないか、と咎めれば彼女は怯えたように声を震わせ、動かない足を動かそうと身を捻るばかり。馬乗りになっては右手を押さえつけ、その細指へと包丁を振り下ろしました。一度目で小指と薬指を半分、二度目で薬指を落とし、人指し指と中指の骨が顔を覗かせました。激痛から来る悲鳴がうるさく、包丁の刃を彼女の額に振り下ろせば、骨を割るまで行かずとも血が湧き出してきました。言うなればシャワーヘッドを取った状態で蛇口を捻ったかのような感じですか、もんどり打つものですから左手で額を押さえながら残った指を落としましたとも、抵抗がなくてとても良かったです。一本、一本指をじっくりと眺めていましたが、爪の間に皮膚なんてなくてですね。私は手を間違った事に気が付きましたから、今度は左手の指を落としました。やはり抵抗はなく、彼女は死んでしまったのだなぁ、と私は事を急いてしまった事を後悔しながら、八本の指をポケットにしまいました。仏教でしたか、アングリマーラの真似をして指で首飾りでも作りましょう。
彼女の死体を浴室に運び込み、血を抜こうとバスタブに一杯に満たした水へ、頭だけを浸けて吊るしました。本当なら流水に浸けるべきなんでしょうが、外でやったら見られちゃうかも知れないじゃないですか。流石に私でも一日に、二人、三人、四人と殺せても、処理は間に合いませんからね。腐っちゃいますもの。二度、三度とバスタブの水を入れ替え、そろそろ解体時だと鋸を持ってきました。木挽き用じゃなくて、金属を切るハイス鋼で出来た鋸ですよ、普通のじゃ骨まで切れませんからね。腕を落とす時は関節をまず思い切り、鉈で叩いて骨まで行きます。そしたら鋸で挽く。左右関係ないですよ、これは鉄則です。落とした腕は水に浸して、綺麗にしておきましょう。動脈がありますから、いくら血抜きをしたとしても多少の血が出るのは仕方ない事です。足も同じです、ただ足は筋肉が多いですからね、腕より労力が要ります。落としきるまで二時間くらい掛かりますかね。片方ずつ一時間ですよ。
すっかり達磨になってしまった彼女の死体をバスタブから引き上げますと、とても軽く冷たく、あぁ私は業悪をまた侵してしまったと、実感を得たのです。そして矢継ぎ早に背徳感が込み上げてきました。それがどうも快感で、得も知れない快楽に身を打ち震わせるのでした。さて、最後の仕上げという訳ですが首を落とすのですが、私は少し疲れてしまいましたから、休憩にと台所から持って来たビールを飲みながら、死体を見据えるのです。ただただぼんやりと、彼女が今までどんな人生を送ってきたか、気になりながら見つめるのです。春を鬻ぐのだから、どうしようもなく薄暗く、汚泥の沼を這い蹲りながら生きてきたのでしょう。だとしたら、今こうして私の手に掛かって死んだのは幸福だったのではないのでしょうか、と思えるのです。
「次はもっと良い人生を」
祈る訳ではありませんでしたが、私にはそうとしか言えないのです。
「お前に出会わなければ」
血の匂いばかりが充満する浴室の中、ビールを飲む私に誰かが恨めしそうに語るのですが、まぁ慣れたものですとも。あぁ、このビール少し味が悪いですね。
短編集 幽し者へ NIKKA @NIKKA_77FL
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