第15話
「楽しかった!」
アイスリンは白い息を吐きながら、にへーとだらしなく笑いました。
「私も楽しかったよ」
若菜は酷く優しい笑みを浮かべました。
向こうを流れる端尾川がキラキラと輝いていました。
オレンジ色の空の後ろを、夜の帳が迫っています。学校前の緩やかな坂もとうとう影になりました。
先程バスが見えたので、次は1時間後くらいでしょう。二人はゆっくり歩きます。
「今日は大丈夫だったの?」
アイスリンは心配そうに若菜を見ました。
「保育園がインフルエンザで学級閉鎖になったの。だから弟達は叔母さん家に預かって貰ってる。……だから、今日くらいはって……」
その横顔は諦めを湛えていました。これはあの日以来初めて見る若菜の弱音でした。
「……そうだったんだ……」
アイスリンはそれを遣り切れない思いで見ました。
若菜は小さい大人です。弟と妹のお世話をして、その上家事もして。でも、どんなに忙しくとも、勉強も委員会もしっかり頑張っていることをアイスリンは知っています。
若菜は左手の義手を振りました。
「まぁどの道私はもうピヤノできないんだけどね」
そして自嘲気味に嗤いました。
「違う!」
アイスリンは叫びました。
「今だってできたじゃん!」
「簡単なヤツをね。……右もね、何本か腱切れてるし、こんな短時間で痺れるの。」
もう駄目なんだ。若菜は俯きました。
「楽しかったもん! 若ちゃん言ってたじゃん、楽しいからピヤノが好きだって。また今度時間がある時にやろうよ。若ちゃんだって楽しかったんでしょ? 学校が違っても、離れ離れになっても、また一緒に!」
アイスリンは射抜くように若菜を見詰めました。
若菜は一瞬驚いた様に目を見開いて、くしゃっと年相応に笑いました。
「うんっ、そうしよ!」
あっ、これが答えだ! アイスリンは思い出しました。
友達の作り方は……いいえ、作り方と言うから間違えるのです。
一緒にいて、何度も会って、お互いを信頼して、いつの間にか友達になっているのです。
「……これが、代償……?」
アイスリンは小さく呟きました。
「どうしたの?」
若菜はその場立ち止まり、疑問を小さな背中に投げました。
その時、冷たい風がその小ぶりな肩から真紅の花弁を奪いました。
ストロベリーブロンドの髪を微かに揺らし、アイスリンは振り返りました。
そして──。
「わたしの冒険、聴きたい?」
不敵に笑いました。
ハレの日の前日に 飆 @hyo
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