第14話
「さあ、有識者の諸君。諸君らに課された議題は『友の作り方』です。思う存分論議を交わらせようではありませんか!」
薔薇が自己陶酔しながら高らかに言いました。
「そんなことは簡単だ。ワシみたいな知恵者ならば人は集まる」
梟はどっしりと構えたまま辺りを流し見ました。
「駄目だよ! 話がいくら面白くても自慢ばかりしたり、人の話を聞かないような人なら愛想尽かされて誰も寄り付かなくなるよ」
アイスリンは言いました。
「甘いですよ、梟。わたくしみたいな美しい者なら多くの方が集まってきます」
薔薇はどこまでも高慢ちきに言いました。
「駄目だよ! 唯美しいだけでは萎れてしまった時に誰も見向きはしなくなるよ」
アイスリンは言いました。
「そうだよ。僕みたいな金持ちならいいんだよ」
栗鼠はケラケラと嗤いました。
「駄目だよ! 集まって来るのはお金に目の暗んだ人達ばかりだよ。お金が無くなったら皆いなくなる」
アイスリンは言いました。
「残念だったな、栗鼠。俺様みたいな権力を持つ者なら自然と人は付いてくるものなんだ」
蛇は誇らしげに言いました。
「駄目だよ! 集まって来るのは権力目的の人ばかりだ。邪魔になったら手のひらを返されるかもしれないよ」
アイスリンは言いました。
「じゃあ──「作り方なんてない!」
若菜が発言しかけた時、アイスリンが遮って言いました。
何か喋らせたらダメ! アイスリンにはそれが取り返しのつかないことのように思えたのです。
「先程から聴いていればアイシー、貴女は何なんなのです! 意見も言わず、あまつさえ野次しか飛ばさない!」
薔薇は更に赤くさせて言いました。
「ヤジなんて大人らしくて良いじゃん。ヤジが飛ばないのは、もう決定したことに同意させる学級会ぐらいだよ」
栗鼠は飄々とした口ぶりで言いました。
「いやこれは何処からどう聴いても野次ではなく反論だ」
梟は二人をギロリと睨みつけました。
「……論点がズレていないか?」
もみの木が物凄く小さな声で言いました。
「だが、答えが無いと片付けられちまったら……」
蛇がうんうん唸って言いました。
「そうだね! この有識者会議で答えが出なければ困るのは人任せの愚かな民衆共だ」
栗鼠はニタニタと嗤いました。
有識者。アイスリンはこの言葉がずっと引っかかっていました。
「有識者って何ですか?」
アイスリンは梟に訊きました。
「有識者とは専門知識を持つ者のことを言う。」
梟が堂々と喋りました。
「…………? 私達は有識者?」
きょとんとした若菜が小首を傾げました。
「あれ? わたし専門の知識なんて持ってないよ」
アイスリンは不思議そうにメンバーを見ました。
「オイオイ、俺らは有識者だぞ! 俺らは有識者の資格を十分に持っているぞ」
蛇は慌てて言いました。
「そもそも大人ってなに?」
アイスリンは怪訝そうにメンバーを見渡しました。
「何を言ってるんだよ。僕らみたいな立派な人のことだよ」
栗鼠が焦って言いました。
アイスリンは何が何だか分からなくなりました。でも、一つだけ分かることがあります。普通分からなくてはいけないことが分からないのです。
「……ここは、どこだ……?」
若菜は呟きました。
この決定的な謎をやっと思い出したのです。
アイスリンはこめかみの鈍い頭痛に襲われました。そして自分も世界も全てが揺らぎました。
「そもそもこれは現実? それとも夢?」
アイスリンは堪らず頭を抱えました。アイスリンにとってこの世界は確かに現実なのです。でも明らかにおかしいのです。
「お主、もしや子供か!」
四人が一斉に睨みました。
「……今更か。……言語だけ達者な大人擬き共め、言葉無くしては『知る』もままならないとは…………」
もみの木は静かに呟きました。
音がぐわんぐわんと響き渡って、視界がぐにゃぐにゃと歪んで捻れて飛びました。
それが終わったと思うと、視界がいつも以上に鮮明になりました。
「わたしは子供だ。でも大人だって子供だよ。昔はみんな子供だったんだから。そうだよ、若ちゃんも子供なんだ!」
アイスリンは力一杯叫びました。
すると四人が一斉に飛び掛って来ました。
アイスリンはそれを迎え撃とうとして、気が付くと小さな部屋の真ん中に横たわっていました。
上体を起こして周りを見渡すと、ティンパニーにチューバにオーボエにクラリネットにサックスにホルンにユーフォニアムに……。沢山の楽器があります。机の上の集合写真は悔し涙を流していました。
「……音楽準備室。」
どうやらアイスリンは眠っていたようです。
体育館から声がしない事を考えると、明日の準備も終わったのでしょう。
アイスリンは横に置いてあるケースからトロンボーンを取り出しました。
「今日までありがとう。ごめんね、こんな結果で終わって。あなたは何度も優勝のにね。わたし達は先輩みたいに強くなかった」
そっと語りかけました。
「次の相方とも仲良くするんだよ?」
そしてアイスリンはボーンを優しく撫でました。
突然、隣の音楽室からピヤノの音が流れて来ました。その旋律をアイスリンは聴いた事がありません。居ても立ってもいられなくなり、アイスリンは相棒のボーンを連れて行きました。
部屋を覗くと若菜がいました。
斜陽を浴びたその真剣な後ろ姿は、右手だけでピヤノを弾いていました。
聴いた事の無い、いや、これは即興でしょう。物悲しくも明るい音でした。
アイスリンは黙って入ると勝手にセッションし始めました。
若菜は一瞬だけ驚いたように見ると、すぐピヤノに集中しました。
二人の息はピッタリと合い、音楽室は優しい空気になりました。
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