第13話

 十六夜の月が半分程顔を出した頃、皆一斉に黙り込み、場は静寂に包まれました。

 その重くなった空気を切り裂いたのは血よりも紅い薔薇でした。

「さあ諸君、揃ってはいませんが定刻です! 時間は大人の基礎! 流石に遅れて来るだの休むだの言っていた連中も伝書鳩で遅延を伝えてきましたが……報連相は出来て当然!」

 アイスリンはふと不思議に思いました。テーブルの上は何も準備されていないのです。

「じゃあ、パーティの始まりだ! 皆先ずは『取り敢えずビール』だよね? 協調性も大人の基本だよ」

 栗鼠が愉快に言うと、皺一つ無い真っ白なテーブルクロスの上に、人数分のビールが現れました。 アイスリンはただでさえ丸い目を更に真ん丸くさせました。

「音頭は大事だぜ。俺様がやってやろう。大人たるもの人の上に立つだけの器量も必要だ」

 蛇がその長い尻尾でジョッキを器用に持ちました。

「乾杯ッ!」

 皆その掛け声と共にジョッキを高々と上げ、ゴクゴクと呑みました。

 もちろんアイスリンは飲めません。そこでアイスリンは、『処世術』を発動して、飲んだフリをしました。

 その後は各々の好きな飲み物を注文出来たので、アイスリンは大好きなカルピスを頼みました。……周りにはマッコリと偽って。

「さて、書記の用意を!」

 そう言って薔薇がパンッと手を叩くと、長い巻物状の羊皮紙やインク壷、ペン立てに刺さった羽根ペンにブロッターがテーブルの中央に現れました。そして飛んだ羽根ペンは自らインク壷にペン先を突っ込みました。

「では、次は自己紹介かな? ワシの名は梟。名の知れた考古学者だ。」

 梟が威厳たっぷりに言いました。

 羽根ペンは梟の言葉に合わせて紙の上で踊りました。

「学者さん! じゃあ、遺跡とか発掘するの?」

「違う。ワシは一線を退いた身だ。フィールドワークはせん。今は若手の育成に力を入れていてな、布教活動に勤しんどる。本も多数出し、テレビでも人気だな」

 梟は風格のある口調で言いました。

 それから梟はサイン入りの本、『梟名誉教授の華麗なる一日』を配りました。

 流し読みすると、どうやら考古学とは全く関係の無いことが書いてあるようです。

「俺の名前は蛇だ。大物政治家なんだぜ」

 蛇は自信たっぷりに言いました。

「政治家さん! じゃあ、国民のために色々なことを考えてるの?」

「いや、何で俺様がそんなことをする? それは部下の仕事だ。俺は支持率を上げるために色んな所に行かねーと。この茶会だって俺の仕事さ」

 蛇は胸を張って言いました。

 そして蛇はさっさと名刺を配りました。

「僕の名前は栗鼠。有名な資産家で経済界の重鎮なーんて呼ばれてるよ」

 栗鼠は自慢する様に言いました。

「資産家さん! お金持ちなんだ。じゃあ、好きな物何でも買えるね!」

「そんなことはないよ。利益が出たら投資して、それで利益が出たらまた投資する。運用するのに忙しいんだ。買い物してる暇なんて無いよ」

 栗鼠はさも当然そうに言いました。

 その言葉通り栗鼠の服はボロボロでした。

「わたくしは薔薇と申します。皆さんご存知の通り、俳優をしております」

 薔薇はやたらに気取って言いました。

「俳優さん! うわぁモテそう。恋人とかいるの?」

「いません。大体、この美しいわたくしに釣り合う者が、この世にいるとでもお思いで?」

 薔薇は鬱陶しそうに言いました。

 そして薔薇は手鏡を取り出すと前髪を弄り始めました。

「……我が名は榊。……神木だ」

 巨大な鉢に入った榊は弱々しい低音の声で言いました。

「ご神木さん! なんか強そう。ご利益あるの?」

「……さぁな。……鰯の頭も信心からだ。……どうせ何も無いだろうがな……」

 もみの木は辛うじて聴こえる声で言いました。

 それから神主達の悪口をグチグチ言い始めました。

「えと、──。アイスリンが緊張しながら自己紹介しようとした時、

「遅れました!」

 遠くから柔らかなアルトの声が聞こえました。

「荷物を運んでいたご老人を手伝い、遅れてしまいました」

 若菜は濡れ羽色のポニーテールを振りながら走って来ました。

「遅い、遅すぎます! 二分も遅刻です! こんなことは前代未聞です!」

 薔薇が発狂しかけながら言いました。

「全く情けない。それでも君は大人かね?」

 梟が呆れて言いました。

「まあまあ。困るのは彼女自身なんだからさ、僕らにゃ関係ないでしょ。」

 栗鼠は見捨てた様に言いました。

「お前ら礼儀も知らねーのか? 酒が不味くなるだろ! これよりこの場での揉め事は禁止! 俺様の権限だ!」

 蛇はチロチロ舌を出しました。

「……全く、重要な事がまるで見えとらん。」

 もみの木がぼそっと呟きました。

「私自身、大変遺憾に思います。」

 若菜が無表情で言いました。

 それが合図だったかの様に、テーブルに突如現れたアスパラガスマリネと、何か良く分からない野菜を使ったピューレの方へと皆の関心が移りました。

 四人は前菜を黙々と食べ始めます。

 若菜は何事も無かったかの様に自分の席に座り、招待状を置きました。

 なんでご老人を手伝った若菜ちゃんが責められるんだろう? それに若ちゃんも悪いと思うならごめんなさいって言えば良いのに。……ところでなんでお茶会にフルコースが出るんだろう? アイスリンは不思議に思いました。でも口にはしません。多数派に身を任せるのがこの場では正しいのです。

 アイスリンは一口食べました。すると適度な酸味と野菜の甘さが口一杯に広がります。思わず笑みを零すと、料理を批評する声が聞こえました。

 アイスリンはそれがいやになって耳を塞ぎました。

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