姉は霊的なアレなので
張りつめた緊張感の中、僕はゆっくりと口を開く。
しかし、話をしようとした瞬間に息が詰まるのを感じた。いったい何から説明すればいいのか。そして、いったい父は何を考えているんだ?
「サルバード主任、失礼な質問をして申し訳ないのですが、魔法痕の原理はご存じですか?」
「その質問がこの事件と関係があるというのかね?」
「はい。大いに」
「よかろう。魔法痕とは魔法発動後、大気中のマナと魔法が反応した痕跡の事だな。程度に関わらず魔法を発動したら必ず魔法痕は残ると言われている」
「ありがとうございます。大気中のマナは発動された魔法に対して、魔法側に引き寄せられる"陰属性"と魔法から離れようとする"陽属性"に分かれます。つまり魔法痕はマナの属性バランスが崩れた陽属性の集まりということになります」
「そんなことは常識だ。それがなんだというのかね」
「サルバード主任は、魔法痕もなく、魔法が使用されたとおっしゃいましたが、あり得ないことです」
「だから妙だと……」
「つまり僕が言いたいのは、その現象は魔法ではないということです」
「……なぜそう言い切れる?」
僕は指示通りに動くよう心の中で姉にお願いをした。
「それは……僕にもできるからです」
「なに?」
不意にサルバード主任の身体に一陣の風が頬をかすめていった。
「わあああああああああ」
声の主はサルバード主任の後ろに控えていた隊員の一人。振り向いたサルバード主任はその光景に目を丸くする。ギシギシと軋む骨の音と、宙に浮く若者の悲鳴が周りの隊員の注目を集める形になってしまった。
ざわつく隊員を尻目に、若者の身体は少しずつ雑巾のように絞られている。
「貴様!何をした!今すぐフランシスを降ろせ!」
僕はサルバード主任にハンドガンを突きつけさせてしまった。僕はすぐに両手を上げて、すぐにおろす旨を伝えた。
さすがにやり過ぎたかと少し後悔したが、状況をわかりやすくするためには仕方ないのない事だったと割り切り、僕の演出に巻き込んでしまった彼には後でしっかりと謝ろうと誓った。
そして、誤解を解くためにフランシスをゆっくりおろすように心の中で姉に指示したが、中途半端な位置で姉が彼の身体を離したため、彼はしりもちをついてしまった。
(姉さん!ちゃんとやってよ!)
(だって軍人さんって鍛えてるから重いんだもん!……てへ)
(よく言うよ……)
フランシスはなにが起きたのかいまいち理解が追い付いていない表情だった。サルバート主任は彼の表情を伺うと、ハンドガンの銃口を僕から外した。
「貴様いったいどういうつもりだ!仲間に手を上げるなど規律違反行為も甚だしい行為だぞ!」
「少し落ち着いてください、サルバード主任。神藤にも訳があると思いますので、一旦銃をしまって下さい。神藤、お前はしっかり説明をしろ」
ライアンに諭され、しぶしぶ銃を腰のホルダーに戻すサルバード主任は、僕を睨みつけ、俺が納得できなければ叩き潰してやるとだけ言い放ち、腕組みをした。
「……今のは魔法ではありません。僕の使役している死霊にやらせました」
「死霊だと?」
「死霊を召喚するのは魔法ですが、召喚された死霊自体は存在が固定されているため、マナの影響を受けません。なので、目に見えない死霊が行動しても魔法痕が残らないのです」
「馬鹿な事を言うな。死霊ぐらい認識できる。それにこの施設には結界が張り巡らされている。死霊ごときが施設へ入れるはずがないだろ」
「一般的な召喚術における下級死霊なら少なからず影響は受けるでしょうが、上級死霊と呼ばれる生前の記憶を持ち、魔法などを行使できる自我を持った死霊なら自力で突破できるでしょうし、認識を曖昧にすることも難しくない。現に僕の死霊は結界内に存在してます」
「だが上級死霊が召喚できる魔道士など数えるほどしかおらん……そもそも……ん?待て、お前神藤とかいう妙な名前を持ってたな、たしか……」
「そうです。"神藤"は500年続く陰陽師の家系です。そして僕はその7代目。父は6代目を継いでいます」
僕は戦闘服の袖をまくり、腕に刻まれた独特の模様をした入れ墨を見せた。手首から肘関節付近まで伸びる一本の細い線を中心に波打ちながら2本の細い線が交差している。
「これが神藤である証です。一般には入れ墨のように見えますが、魔法術式を練り込んだ術式回路です。たぶん、主犯格の男にはこれと似たような術式回路があるはずです」
「お前の話はわかった……故に、さっきのはデモンストレーションであり、見逃せと?」
僕はすぐに頭を下げた。
「先ほどのご無礼をお許し下さい。この事件が解決した後の処分は覚悟しております」
「サルバード主任、僕は全然大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど、不思議と痛くはなかったです」
「痛いとか痛くないの問題ではないのだフランシス。行為そのものが違反だと言っている」
サルバード主任はふんと鼻を鳴らし、ライアンを見た。
「まあいい、今回はフランシスの言葉に免じて、そこの馬鹿者の処分は隊長であるライアンに任せる」
「了解致しました」
ライアンは引き続き頭を下げ続ける僕の耳元で、よかったなと耳打ちした。
つまり処分保留というわけか。なんとか首の皮一枚つながった。
「だが問題は、その死霊使いをどうするかだが……今の話の流れからすると、そこの神藤の7代目当主様ならなんとかできるということでいいのかね?」
僕は頭をあげ、はっきりと宣言した。
「はい!僕に任せて下さい!」
「これ以上援軍は期待できんぞ?」
「わかっています!」
「ならば、やるからには最大限の成果を見せろ!いいな?」
「はい!」
一旦、サルバード主任の元を離れ、第8部隊で話合いを行うことになった。
僕は一人でエコー内を探る旨を皆に伝えた。
「ホントに一人でやるつもりなのか?タクミ。俺はお前を信じてはいるが……」
ホアンは心配そうに僕の背中に大きな手を重ねる。
「私達第8部隊なら援護くらい……」
ミカエルも心配そうな顔をしていた。
「ミカエルさんありがとうございます。でも父は相当強いです。死霊に慣れていない皆さんでは苦戦するでしょう」
「……足手まとい?」
「マリリンさん……そういうことではありませんが……」
煮え切らない態度の僕を見かねて、姿を隠していた姉が現れ、僕の頭に手を置いた。
「こういう時ははっきり言わなきゃ。男の子でしょ?」
「姉さん……」
腕を組み、目をつむり、何かを考えていたライアンが口を開く。
「神藤。一つ確認なんだが、もし中にいる犯人が本当に君の父親だった場合、君は父を殺せるのか?」
「手段としては不可能ではないです。しかし、技術が追い付くかどうか……父はああみえても神藤の6代目ですし……」
「違う。技術や手段の話ではなく、覚悟の話だ。君の家族の話を皆知っている。だからこそ、その悲劇を自ら進んで繰り返す必要があるのか?その覚悟はあるのかと聞きたいんだ。どんなに荒んでも家族だろ?」
「……正直わかりません。でも、家族というなら、今は第8部隊が家族です。自己紹介の時、ホアンさんもそう言ってくれました」
「タクミ……」
ホアンが重ねている手のひらの温度がほんのり暖かくなったのを感じた。
「僕は普通の家族の暖かさをあまり知りません。でも、入隊初日でずうずうしいかもしれませんが皆さんの確かな暖かさを僕は知りました。初めて家族の暖かさを実感したような気がしたんです。なので、今は皆さんを、魔道執行官の仲間を守りたい」
「そうか」
ライアンはそれ以上何も聞かなかった。ただ、行って来いと背中を押してくれた。
「必ず生きて帰ってこい、神藤タクミ」
ホアンの大きな拳が僕の胸を軽くこずく。
「帰ってきたら歓迎会の続きよ」
ミカエルのウインクがキラキラ光って飛んでくるようだった。
「……もしヤバかったら言って。重力魔法で施設ごと潰すから……」
「マリリンさん、それはちょっと……」
僕はマリリンの言葉に苦笑いをした。
……――。
おや?このいい雰囲気の流れで僕はミーシャの声がない事に気付いた。
「なんだあいつ!?」
「屋上に人!?」
「犯人か?」
その時、急に周りの第3部隊の人達がざわめきだした。
スポットライトがその人物を照らすと、それは紛れもなくミーシャだった。
「おーーーーい、みんなーはやくはやくー」
手を振り僕らを呼ぶミーシャは屈託のない純粋な笑顔だった。
「ミーシャ!?あいつ……いつの間に!?」
ミーシャとは裏腹に、憤りを越え呆れた顔をしたライアンの顔がそこにはあった。
ブラコンの姉は僕の死霊です 岡崎厘太郎 @OKZK
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