入れ墨の男

 第8部隊が施設に戻ってから目に入った光景は、控え目に言っても大混乱だった。銃声と魔法痕が交差し、所々から煙が立ち上っていた。慌ただしく動き回る魔道執行官の怒号がすっかり日の沈んだ薄暗い空に亀裂を入れている。

 これが帝国中から精鋭を集め、最強の軍隊と言われ、僕が目指した施設の秩序を守る魔道執行官ブリッツフォースなのだろうか。これではあまりにも……。


「おい、大丈夫か!?」


 ライアンは施設ゲート付近で倒れていた仲間を抱き起こした。頭から血を流し、虚ろな目をした魔道執行官はライアンの胸の紋章を確認すると、少し表情が和らいだ。


第8部隊テイルズか……ヤツらは異常だ……」

「何があった?」

「わからない……気づいたらこのざまだ……」

「救援を要請する!ちょっと待って……」


 ライアンがインカムマイクに手をかけた時、傷ついた魔道執行官はその手を掴み拒んだ。


「俺は大丈夫だ……はやくエコーに向かってくれ……第3部隊ライトヘッドがなんとか食い止めてるはずだ……」

「……わかった。だが、本部に連絡だけはしておく。それまで死ぬなよ!」

「ああ、恩に着る。……気をつけろよ」


 ライアンは彼を優しく地面に寝かせると、立ち上がり、僕らの方を向いた。


「ホアン、本部と第7部隊に応援要請と第8部隊おれらの第3部隊援護要請を伝えておいてくれ」

「了解」

「俺らはこのままエコーに向かう。これ以上仲間を傷つけさせない!いいな!」

「「「「了解!!!」」」」


 感情のこもったライアンの言葉にメンバー全員がグッと引き締められたような雰囲気になったのを感じた。そしてなにより、皆がライアンを信用していると改めて感じる。今僕はその一員なのだ。

 ライアンは僕の肩に手を置き、語りかけた。


「入隊初日にこんな歓迎会じゃ申し訳ないとは思うが、ここはもう訓練場じゃない。魔道執行官と言えどもただの人だ。傷つけば死ぬ。自覚しろ。ここは俺らの墓場でもある」

「……はい!」


 その言葉には一切の曇りなく、澄み切った覚悟が込められていた。僕らはここで戦い、傷つき、死ぬ可能性があると否応なく脳裏に刻み込まれたのを感じた。


「隊長、本部から救援及び第3部隊援護許可が下りました。出動できます」

「了解。では出動だ!」


 エコーへ向かう道中、沢山の負傷兵を目の当たりにした。しかし、僕ら第8部隊は彼らには目もくれず、目標を目指した。だが、僕らを見る他の部隊は口々に僕らのことを"テイルズ"と呼び、期待のような、羨望のような表情だった。


「あの、すみません隊長、こんな時なのですが、一ついいでしょうか?」

「なんだ神藤」

「テイルズとはなんなのでしょうか?」

「……あだ名だよ」

「あだ名?」


 目標までの距離と時間を気にしながらもライアンは教えてくれた。

 ゲファルトの中央にそびえたつ中央棟ケルベロス。そこに駐屯する僕ら魔道執行官もまたケルベロスに例えられ、それぞれがケルベロスのパーツとして機能しているそうだ。例えば、第1部隊は"ファング"と呼ばれ、ケルベロスの中央の頭と牙を意味している。第2部隊は左の頭レフトヘッド、これから援護に行く第3部隊は右の頭ライトヘッド、そして僕らは第8部隊は尻尾に例えられ、テイルズと呼ばれている。そして、僕らが着ている戦闘服の胸にある3つの尻尾が絡まるような紋章もそれを象徴している。上層部は部隊をあだ名で呼ぶことはないが、同じ魔道執行官であれば、親しみを込めて呼ぶことが多い。


 エコーにたどり着くと、第3部隊がエコーを囲むように防衛線を敷き、エコーを見渡せる管制塔の屋上には遠距離狙撃銃を構えた魔道執行官と、手元で魔法発動待機している魔道執行官がいるのが見えた。

 ライアンは辺りを見回し、目的の人物を見つけると、真っ先にそちらに向かい、僕らは後を付いていく。


「第8部隊、到着致しました!サルバード主任」

第8部隊テイルズ、応援感謝する。状況は聞いているか?」

「いえ、詳しくはまだ」

「まあ見ての通りだが、状況はすこぶる悪い。賊は5人。全員男。主犯格と見られる男は40~50代。共犯者の年齢は様々なようだ」

「様々とは?」

「60代以上の老人もいれば、20代くらいの若いやつもいるらしい。共通点はまだわからないが、ギャング構成員ではないそうだ」


 10階建の建物の真ん中あたりにぽっかりと空いた大きな穴をスポットライトが照らしている。強い照明が建物内部を照らし出すが、犯人の姿は見えない。


「要求などはありましたか?」

「今のところ犯人からの要求も声明も一切ない。不気味だよ」

「ええ、少し変ですね」


 この手の事件は主にギャングが仲間の解放を要求する手口に似ている。しかし、ここまで派手に、大胆に行動を起こした暴動は過去に1度しかないことを僕はここに就職する前、過去の新聞記事を読んで知っていた。


「犯人の特徴や使用魔法はわかりますか?」

「特徴はくせ毛で長髪。長さは肩くらいまで。やせ形で首に大きなキズがあったそうだ。使用魔法は判明していないが、不思議な事に魔法痕すら残さずに相手を吹き飛ばしたり、締め上げることができるそうだ。それで何人か雑巾みたいにねじ切られた」

「惨いですね……」

「ああ、そんな魔法今まで聞いたことねえ」


 ライアンとサルバード主任の会話を遮るように僕は声を震わせながら質問をした。


「その首にキズのある男の人、手から腕にかけて入れ墨はなかったですか?」

「お前名前は?」

「はい、第8部隊所属の神藤・タクミ・ヘルゴラントです」

「そうか。確かにお前の言うとおり、主犯格の男には入れ墨があったのを見たという隊員もいたが、証言が少なくてな。確定事項ではない。何しろそいつと対峙したヤツはほとんど生き残ってない」

「神藤、どういう意味だ?何か心当たりでも?」

「ええ、おそらく、犯人は僕の父です……」

「何!?」


 サルバード主任は僕を問い詰めるように詰め寄った。


「神藤タクミとか言ったか?詳しく話せ。時間が惜しい」

「わかりました」

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