再会
5年前――。
じりじりとした夏の日差しが僕の肌を焼くように照り付ける。まだ午前中だというのに外は摂氏30度を超えている。魔法都市として名高いバイトオーガンではあるが、未だ気象のコントロールさえままならないとは、魔法といえども大して万能ではないと痛感する。
それでも、魔法が使えるか否かで表立って差別こそされないものの、待遇の違いは顕著に表れている。この街にとって魔法は絶対的力の象徴であり、成功の証なのだ。
「よいか、タクミ。魔法は決して万能にあらず。また、我ら"神藤"も『魔』に連なる末席を汚す一族。その使命と誇りは決して忘れてはならん」
「……はい、わかっております。5代目」
早朝から祖父と縁側で座禅を組み、精神を昇華させる修行を行っている。
精神昇華とは、現代魔法で言えば『召喚術』の基礎としてさらっと流される程度の学習だ。なぜなら、現代魔法における召喚術は、より効率を重視し、触媒による召喚が主流となっているからだ。どんな下手な奴でも触媒を用いれば、精神を昇華させるまでの間に3体は召喚できるのだからそれも頷ける。そのおかげで、触媒の値段は一昔前より高騰しているそうだ。
こんな古臭い修行は非効率だと馬鹿にする同級生もいるが、総じて僕より成績は悪い。僕は次期"神藤"の襲名を前に、箔をつけるために一等帝国魔導博士の試験を受ける準備をしていた。祖父の命令だ。
この街は優秀な魔法使いには優しい街だ。博士を持つものは、研究の援助金が支給され、公共の乗り物も全てタダになる。さらには、一般魔導免許取得の免除と帝国図書館での自由閲覧が許される。『才あるものは天まで上り、持たざる者は地を這いつくばる』昔から言われている格言の一つだ。この街はまさにその通りの生き方を示している。
「……タクミ。心が乱れておるな。もっと集中せよ」
「はい……。申し訳ありません……」
「何を考えていた?」
「……家族の事を……」
祖父はおもむろに立ち上がると、2、3歩後ろに下がった。
「……父親の事か」
「それもありますが……」
「全て忘れろ。あのバカ息子はワシら神藤を裏切った愚か者だ。神藤を継ぎながら異国の錬金術などに現を抜かせおって……」
「……しかし!」
「お前の母親もだ!……そろいも揃って、神藤の恥さらし共め。……タクミ、まだ座禅の途中だ。立ち上がることは許さん」
僕は祖父の言葉に憤慨していた。気付いたら僕は立ち上がり、僕に背を向けて立つ祖父を睨みつけていた。何ができるわけでもないが、そうせずにはいられなかった。
「ワシの言うことが聞けないのか、タクミ」
「……今の言葉は撤回して下さい。5代目」
「生意気な事を言う。貴様程度の男に……」
祖父は僕の方を振り返ると、驚きの顔を浮かべる。
「タクミ……お前、それはなんだ」
良く見ると祖父の視線は僕ではなく、僕の背後に向けられていた。
恐る恐る僕も後ろを振り向くと、今まで見た事ない量の霊魂が僕の周りを漂っていた。100や200ではない。およそ1000近い霊魂が狭い庭を埋め尽くす程に。
「お前は霊に愛されているのか……初代神藤がそうであったと聞くが……これほどまでとは……」
その光景を見て祖父は一言だけ声を漏らした。嗚呼、美しい――。と。
僕は祖父の言葉に同意はできなかった。嫌悪感さえ抱く。7代目神藤を襲名する事に抵抗はない。しかし、それだけが僕の人生ではないと考えていた。僕は祖父のようにはなりたくない。そして、父のようにも。
試験はそこまで難しくなかった。どうしてこんな問題で落ちるのかと逆に不思議に思った。これは決してオゴリではなく、本当にそう感じたのだ。
そして、一等帝国魔導博士試験の合格発表の日、僕の受験番号があったにも関わらず、僕は素直に喜びを感じることができなかった。これで僕はめでたく"神藤"の名を継ぐと共に呪いにも似た運命を背負うことになったのだから。
「よくやった、タクミ。さっそく来週に襲名披露を執り行う。よいな?」
「……はい。5代目」
神藤の名は、やはり有名だった。その事を痛感した。新倭大国を中心に帝国からも名家が参列している。
「その若さで襲名とは、いやはや才能でしょうが、5代目の御尽力あってこそでしょうな」
よく知らない人が、僕ではなく、祖父を褒めたたえる。
「これで神藤の名も安泰ですな」
顔も知らない人が、神藤を称える。
「さすが神藤ですな。それより5代目。お見合いの件でございますが――」
僕を無視して、縁談話が頭上を行き来している。
これは僕の襲名披露なんかじゃない。商品披露だ。ここに立っていられるのは決して僕の実力ではなく、祖父の偉業をであるという事をまざまざと見せつけられている気がする。有り難がるのは僕にじゃない。神藤にだ。
分かっていた事。しかし、どうだろうか。吐き気がする……。
襲名披露会場の裏口。ここには誰もない。見上げれば狭い空も今の僕に似ている。
ため息は行き場なく漂い、再び僕の肩にのしかかるようだった。姉さんなら耐えられただろうか。神藤という名の重みに。
「大丈夫?タッくん」
その声に僕は聞き覚えがあった。それは懐かしい、久しぶりに聞く声。
顔を上げると、そこには死んだはずの姉がいた――。
しかも、成長した姿で。
「……姉さん?姉さんなの?……どうしてここに?だって、姉さんは……」
「タッくんが呼んだんだよ。だから、来ちゃった」
姉さんの屈託のないまぶしい笑顔は、僕の心を濁らせていた何かを一瞬で溶かしてしまった。
「……死霊なの?」
「まあ、そうい事になるね。嫌?」
「嫌じゃない。ありがとう、姉さん。やっぱり昔から変わらないね」
「ええ?そう?結構大人っぽく仕上がったと思うんだけど?」
久しぶりに大きな声で笑った。
はじめは不思議そうな顔をしていたけど、僕の笑顔につられて姉も笑った。
「さて、どうしようっか」
「……どうしよっか……っていうのは?」
「け・い・や・く。一応、私は死霊だからさ、召喚されれば行かなきゃいけないわけ。でも契約さえすれば、タッくんの専属死霊になれるんだよね」
「……望みは?」
姉は少し考えるような素振りを見せた。しかし、最初から姉の心の中では決まっていたのだと僕は思う。
「お母さんを、殺すこと――」
姉の無邪気な悪魔じみた笑顔は、もうすぐ過ぎ去る15の夏を締めくくるには少し冷えすぎていた。
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