僕等は主人公にはなれない

Zyam-ing Triangle

第1話 残光

 残金、千五百円。次の給料日まで、残り二日。

 果たしてどういう飯の構成で自分の命を食いつなぐのがベストなんだろうか。三食すべてカップ麺だとして一食だいたい百円~二百円と考えて、マックスで千二百円。とは言え、これは飯代なだけで飲み物代も考えるとすっからかんになる。

「う~ん……」

 言葉に出した所で財布の金額が変わる訳でもないし、一発逆転できるような金額でもない。結局は黙ってカップ麺をすすりながら僕はこう思う訳だ。

 どこで自分の人生を大きく踏み外してしまったのだろう、と。

 ぼうっとドラッグストアで精算待ちをしていると腐れ縁の男からラインが送られてきた。すぐに返信して、当たり障りない感じでどうした?なんて言葉を掛けてみるが、正直この順番待ちをしている瞬間に小便に行きたくなっていたので、再度返送されてきた内容は見ずにとっとと精算を済ませて、用を足しに行った。

(ん。どれ?なんだ)

 ぼうっと浮かびあがる文字を何気なく読んでいたのだが、ほんのちょっとの衝撃で危うく小便が垂れて自分のズボンに掛かりそうになった。

「……」

(っぶねー)

 そりゃあ三十五、六年間も生きていたら喜怒哀楽、さまざまな場面にだって遭遇するし、遭遇した分だけどんどんびっくりする事に希薄になっていってしまって。何もかもが当たり前のような感覚になってしまう。

 例えばそれが友達と呼べる人の重大事だったとしても、どこか冷静で距離を置いて見てしまう自分がいる事に気づいてしまって、その話をしている時だってどこか感情が欠落してしまったままの自分がいるようで正直そんな自分がカッコ悪いと思う。

「ま、いい」

 僕はそっと携帯を人差し指でなぞってから、全然励ましにならないラインを送ってみる。

 結局人の感情なんて文章の羅列だけでどうにかできる問題なんかじゃないのだ。会って話してみない事には感覚なんてわからない。

『次、いつヒマ? 飲もうぜ。話、聞く』

『ありがとよ。木曜の夜とかどうだ』

 正直自分がこの社会や世界に生きている存在価値なんて皆無に等しくて、幾らどこかで達観しようとも、楽観しようとも常にずっと見えない恐怖にも似た衝動に追われ続けている。そしていつもこの胸に言い続け、問い続けている。

 僕はずっと井の中の蛙のままなんだ。

 だから井戸の底でずっと光がある方向だけを見続けていて、文句ばかりを吐き出しては絶望し、絶望しては解決策にはならない解決策を言い訳するように述べて、誰からも何者からも認められないまま死んでいるように生きている。

「畠中さん。結局カップ麺にしたんすか」

「金も暇もないんだから。しょうがないだろ。

 適当に啜りながら仕事するわ」

 僕の名前は畠中 大悟、三十五歳、独男、彼女なし。

 どこにでもあるような僕の名前はきっとどれだけ世界のありとあらゆる時が流れていったとしても、歴史に刻まれる事はない。どこにでもある名前。

 響く事なんかはきっとない名前だろう。

「二十五っすよ」

「そっか。自分の人生ちゃんと大事に設計して進んでいけよ」

「ハハハ、何言っちゃってんすか。らしくないですよ、先輩」

 仕事ができない所からスタートした人間にとっては進んできた十年の罪や罰は重い。

 給与明細に差し示された金額が自分の成長の遅さや会社としての組織の評価、すべてを物語る。

 あらゆる専門的な知識があり、どれだけ仲間に慕われ、周りの人間関係や仕組みが見えてきて、適格なアドバイスができる人間であったとしても、そこに自分が思い描くものと一致しなければ全ての存在否定されているも同然なのだ。

 人間としての成長は止まってしまったままで、そこに自分という存在は見えない。

 あるのは何となしの蜃気楼だけだ。

 そして一日なんてあっという間に終わってしまって約束の日なんかが来る。

「ちわっす。滝さん、こっち。こっち」

「おお。大悟、しばらくぶりだったな。元気か」

「元気っすよ。つまんない仕事やっている以外は。それより滝さん、老けました?」

「お前、人のラインの内容を知った上で言ってるだろ」

「ま」

 滝さんこと滝本 邦浩さんは僕より年齢こそ二つ年下だが社歴で言うと二つ上の先輩にあたる。二十台の中盤から後半に掛けて、仕事が全くできず人の事を全く考えられない。周囲に目を向けることができないどうしようもない自分を、見離さずにずっと相談に乗って人間としても、仕事人としても育ててくれた大恩人であり、友人だ。

 正直仕事を僕よりも先に辞める時には驚きもしたし、その後転職した事も、結婚して子供ができた事も、何もかもが僕より前を進んでいて多少なりとも羨んでもいたし、自分にはできない事や決断をしてきた人だったからこそ尊敬していた。

 けれどラインを見た時は正直に絶句した。

『奥さんとは別れた。仕事も辞めた。

 もうこんな自分は嫌だ。生きる価値がない。

 死にたい。』

 尊敬をする人だからこそ、今の自分がやれる精一杯の恩返しって何なんだろうか。

 そして自分もまたこの人とは違うかもしれないけれど、面白い人生の生き抜き方を見せる事ができないだろうか。

 ふとそんなことを思いながら、サシノミが始まった。

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僕等は主人公にはなれない Zyam-ing Triangle @amase2829

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