第14話 紅の魔導士~始動編~5

 アナスタシアは研究室におもむき、そして通信指令室に居た。

 通信指令室はニコライの研究室の奥にあるため、研究室を抜けない限り行くことは出来ない。そのためアナスタシアは研究室を訪れたのだ。

 彼女は現在通信指令室に居るわけだが、報告が入るのを待っていた。

 現場に向かわせてから数十秒後、マリーナの通信から紫愛莉と共にマリア達と合流したのを確認した。

 今はその後の結果報告を待っているのだが、アナスタシアは沙夜が念話を切っていないと認識していた。

 というのも、沙夜は心を落ち着かせようとずっと念話をつなげたまま独り言を言っていたからだった。

 待つこと数十秒、ようやく事態の結果を知ることが出来た。それは、沙夜の安堵あんどからくる泣き声だった。

 恐らく紫愛莉が沙夜とマリアを保護したのであろう。

 ヴェルナード、マリーナ、紫愛莉の中でなら紫愛莉が一番沙夜から信頼されていると分かっていた。

 普段から少女達とよく接しているのは、隊員の中でも紫愛莉がほとんどだ。

 現に、少女達にとって紫愛莉は姉のような存在である。アナスタシアはそれに気付いていた。

 その証明は先日の養成所テロ騒動だ。

 保健室に居るマリアを救出に向かう際、天人が連れて行ったのはアナスタシアと紫愛莉だった。

 アナスタシアは保健室の外で待機と命令を受けていたが、紫愛莉は天人と共に保健室に突入していた。

 単に個々の役割上最善な選択を取ったのであろうが、この人選はマリアの信頼度を指していると、アナスタシアは思っていた。

 天人が役割のみで人選する筈はない。マリアの為であるならば、そこにはマリアにとっての最善も考慮している。

 天人の他は紫愛莉が一番マリアに近い位置に居た。

 故に、アナスタシアは紫愛莉が一番マリアから信頼されていると推察すいさつした。

 そして、マリアと共に居ることが多い沙夜も同様だと予想した。

 アナスタシアが沙夜の泣き声は安堵からのものと判断したのは、以上の理由からだった。

 悲嘆ひたんの叫びであるならば、こんなに温かな声ではない。もっと張り詰めた叫びが脳内に響いていただろう。

 アナスタシアの推察の答え合わせをするかのように、「シェリーさんありがとう」と沙夜が念話でも述べている。

 これにより、アナスタシアも安堵出来た。

……よかった。間に合ったのね……

 通信用のコンソールに腰掛け、アナスタシアはようやく楽な呼吸が出来た。

 呼吸はしていたが、張り詰めた緊張感の中で詰まるような呼吸をしていれば、安堵してからの呼吸はさぞ楽であろう。

……あとは犯人に関する報告を聞くだけね……

 今後の仕事を考えながら、アナスタシアは少しほうけていた。緊張が解けたのだから無理もない。それが少しなのは、その最中に通信が入ったからだ。

『こちらマリーナです。応答願います』

 マリーナの声でアナスタシアは現実に戻された。

 まだ呆けてはいられないのだ。結果を聞き、天人に報告しなければならないからだ。

 アナスタシアはスイッチを切り変え、マリーナの通信に応答する。

「こちら本部。現場はどうなったの?」

『はい。目標は無事保護しました。犯人はロスト。地面に穴を開け、そこに逃げ込んだものと思われます。犯人との交戦によりヴェルナード先輩が軽傷を負いました。念のため救急車をお願いします。それと、犯人が地上に出てくる可能性もあります。市内に警察を配備して下さい。犯人の特徴は――』

 アナスタシアはマリーナから聞いた特徴を元に警察へ通達、そして負傷者の為に救急車を手配した。肝心の天人への報告も合わせて。




         ――




 シャークは壁の穴に飛び込み、そのまま水鮫の開けた地面の穴に落ちていった。

 下水道まで掘り進み、水鮫はそこで停止した。落下してくるシャークを受け止める為だ。

 シャークは水鮫の背中にまたがる形で着地した。

 鮫は水で出来ているため、クッションのような弾力で落下の衝撃を受け止めた。

 シャークは水鮫に下水道の水路に着水するよう命令を出し、自身は水路外の通路に着地した。

 そしてシャークは水鮫に対する命令をすべて解除し、水鮫は普通の水へと戻り下水にけていった。

 シャークはそのまましばらく道に沿って歩き、自身の携帯を取り出すと地図を確認した。

「ここだな」

 シャークは上を見た。そこには地上へ繋がるマンホールがある。ここから地上へ出るつもりなのだ。

 予想通り、シャークは梯子はしごを伝い昇って行く。そしてマンホールのふたをゆっくり開け、周囲の安全を確認する。誰もいないことを確認すると、蓋を退け外へと脱出した。そこはビルにはさまれた裏路地だった。

 蓋を締め直し、シャークは表通りの方へと歩いて行く。その前方には裏路地をふさぐように一台の車が止まっていた。

 シャークは躊躇ちゅうちょなくその車の後部座席に乗り込んだ。

 シャークがドアを閉めると、車はそれを合図に走り出す。

「お疲れさまでした」

 運転手が語りかけた。笹木勇だ。

 勇はシャークを公園前で降ろした後、回収地点のこの場所まで車を移動させていたのだ。

「ふぅー。何とか逃げおおせた」

 シャークは足を組み安堵の息をらす。

「どうでした? 目標は?」

 シャークの一息を確認した勇は、結果を確認する。

「今日のは様子見だ。なかなか骨のある奴らだったな」

 シャークは笑みを浮かべ、楽しそうにしている。

 勇はシャークの返答が終わるを待ち、続けて問うた。

「シャーク様が発砲した弾、あれは何です?」

 勇は車を移動させた後、双眼鏡で店内の様子を見ていたのだ。その時目撃した、シャークの指先から放たれた弾丸の正体を知りたかった。

 完全に個人的な問いだが、シャークは困った様子一つ見せず平然と答えた。

「見てたのか。あれは水だ。水の弾丸『アクア・バレット』、と俺様は呼んでいる」

 一呼吸置き、説明を始める。

「水を指先に付着させ、指先に固定してから射出する。水滴の大きさで口径は変わるし、水だから薬莢やっきょうも残らない。便利だろう」

 シャークはほこらしげに自信の技の説明をした。

 勇は「そうですね」と一言だけ返した。

 勇はその後会話を続けなかったが、運転手の顔を見ていない筈のシャークはこう続けた。

「まだ何かきたそうな顔だな」

 勇はシャークを乗せてから一度も後ろを向いていない。シャークはバックミラー越しに勇の顔を見ていたのだ。

 それに感付き、勇はバックミラー越しにシャークを一瞥いちべつすることで肯定こうていを表した。

 シャークは勇のサインを受け取った。

「俺様が作った水壁、あれだけの水量をどこから用意したのか。それが知りたいのだろう?」

 シャークの言葉は的を射ていた。勇のもう一つの疑問は、まさしくシャークの言うそれだった。

 勇はシャークを車で移動させる前、シャークに関しての情報をジャックから開示されていた。

 その時勇が知ったシャークの能力は、触れた水を操るというものだった。触れていなければ、操ることは出来ない。

 では一体、このコンクリートだらけの街中からどうやって水に触れることが出来たのか。勇は何となく気付きつつあったが、正しい回答を待つことにした。

 シャークは言う。

「俺様の下車地点は公園前だ。その公園を抜けた先に目標のいる店があった。公園内の中央には噴水がある。そこの水を触っていたのだ。あとはその水を排水口から下水へさかのぼらせ、厨房ちゅうぼうの排水口を経由して運んだ、というわけだ」

 勇は説明に納得した。自身が考えていた答えと、おおむね合っていたからだ。

 公園に噴水があることは知っていた。その水を使ったのだろうと思っていた。それをどうやって運んだのか、その方法が分からなかった。

 排水口から下水を逆流させて運んでいたなど、勇は推測出来なかった。

 しかしそれで勇が落ち込むことはない。

 水道管の位置を完全に把握していなければ出来ない芸当だ。

 落ち込むのではなく、勇は敬意を持った。

 幹部である彼を、勇は尊敬しつつあった。今し方受けた説明でそれは確かなものとなった。

 下の者を気遣きづかう器量と仕事への姿勢、これらは勇に確実な敬意を持たせる所以ゆえんだった。

 少なからず感動を覚えた勇は、シャークの説明に対し感謝と尊敬の念を込めて述べた。

「ご説明感謝致します。シャーク様には感服致しました」

「気に入ったぞ笹木。俺様からボスに良い待遇をと進言しておこう」

 シャークは一瞬笑い、笑みを作ったまま続けて言った。

「それで、次はどうすれば良かったか?」

 シャークの発言に、勇は動じず平然と感謝と報告を行った。

「ありがとうございます。次はシャーク様が目標と接触した報告を、幹部の皆様方にして頂くため、その集合場所へとご案内する予定です」

 勇はジャックから受けていた仕事の内容通りに伝えた。

「そうだった。では、そこまで頼むとしよう」

 そう言うとシャークは足を降ろし、シートに深く腰掛け帽子を目深まぶかに被り直した。

「お任せ下さい。それまではごゆるりと」

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SPC異能者・異種族(ストレンジャー)犯罪対策課 天宮城スバル @mairu

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