第13話 紅の魔導士~始動編~4

 ――「実に愉快ゆかいこの上ないな!」

 シャークが高笑いし、ヴェルナードが操るオオスズメバチが直ぐ側を飛んでいるにも関わらず、構えた右手でヴェルナードに狙いを定めた。その瞬間、

「お待たせしました!」

 マリーナと紫愛莉が到着した。

 彼女達は犯人とヴェルナードを目視すると、マリーナはSPC隊員全員に配給されている拳銃ハンドガンを、紫愛莉は自身の能力を発動させるべく犯人であるシャークに視線を向ける。

「ヴェルナード先輩、援護します!」

「大人しくしなさい! あなたは完全に包囲されている!」

 シャークの正面にヴェルナード、後方にマリーナ、左方に紫愛莉が立ちふさがる。

 右方は壁となっており、突破するには破壊しなければならない。この状況からそれはとても困難である。

 だがシャークは右方へ逃げることを選択した。しかし、そうするには周りの三人の視線をらさない限り到底不可能だ。

 シャークはこの場に居るSPC隊員全員の能力を把握していた。それは、今回の仕事をこなす上で必須事項であるからだ。

 「紅の魔導士」の諜報ちょうほう専門部隊が入手した情報から、SPCマイアミ局隊員に関する詳細しょうさいなリストを提供されていた。

 それに目を通していたお陰で、この状況をどう打破するか、事前に対策を打てていたのだ。

 その方法とは、自身の身体に触れないギリギリの範囲で水を頭上から下に降らす事だった。

 そして、シャークはそれを実行した。

「んっ⁉」

「そんな⁉」

「くっ……!」

 ヴェルナード、マリーナ、紫愛莉はそれを目撃した。

 シャークを取り囲むように水が降っている。

 これにより、シャークの周囲を飛んでいたオオスズメバチは水と共に落下した。更に視界がさえぎられたことでマリーナの照準が正確に定まりにくくなった。水の落下する勢いが把握不可能である為、正確な弾道が予測出来ないのだ。

 高圧で落下しているならば弾は通らないし、新人の感で撃ち致命傷を与えてしまっては、犯人を生きたまま捕らえることが出来ない。

 加えて、水は落下してすぐ上昇している。つまりシャークは、水を頭上から自身の身体を避ける形で落下させ、落下した瞬間水を落下する位置まで上昇させているのだ。

 よって、三人からシャークの姿は薄っすらとしか見えていない。

 そして極め付けは紫愛莉の能力を封じてしまった事にある。

 紫愛莉の能力は、彼女の身体から発せられる特殊な磁気じきを制御することで鉄を操作する。この磁気は鉄にしか反応しない為、彼女は鉄を動かす能力者として認識されている。

 しかし、彼女の能力のからくりを理解してしまえば、紫愛莉と対象物の間に遮蔽しゃへい物を設置することで防ぐことが出来る。

 更にシャークは自身の周囲をおおい尽くす量の水を降らすだけでなく、同時に紫愛莉と自身の間にも同様の水壁を作っていた。

 これにより、紫愛莉の正面には水しか視認出来ない。紫愛莉が鉄を動かすには対象を視認しなければならない為、三重に覆われた水の所為せいで周囲に動かせる鉄が存在しない。

 自信の能力の弱点を突かれたことに、紫愛莉は少なからず苛立いらだちを覚えた。

 また、マリーナ同様発砲することも不可能であった。敵を視認せずに発砲するのは危険だと判断出来たからだ。

 紫愛莉が苦悶くもんの声をらした直後、マリアを狙う犯人であるシャークは、ヴェルナードに狙いを定めた右手を固定しさけんだ。

「Fire!」

 発声と同時、シャークの指から正面へ向け弾丸が放たれた。

 正面にいるのはヴェルナード、そしてマリアと沙夜だ。

 ヴェルナードは水壁越しの陰の動きを見逃さなかった。

 シャークは発砲しようとするのと同時、ヴェルナードは自身の背後にいる少女二人へ振り返り、抱き寄せた。

 弾はヴェルナードのどう体をわずかに逸れ、右腕をかすめただけだった。

「あんたを殺る気はない。今回はここらで退散させていただこう」

 着弾の確認を済ませたシャークは洋菓子店内の右方、つまり壁側の水壁のみを解き、その水で宙を飛ぶさめを作った。

「行けっ!」

 シャークは自身が作り出した鮫に、壁の方へ行くよう指を差し命令した。

 更にシャークは鮫の進行方向へ共に駆け出した。

 水でできた鮫は壁を粉砕ふんさいし、そしてその向こう側、裏路地に消えた。

 その後を追うように、シャークは壁の穴に飛び込んだ。

 その直後、シャークが作っていた水壁は流れ落ちた。

 それを確認したマリーナは壁の穴へ、紫愛莉は負傷したヴェルナードへと駆け寄った。

「ヴェル! 大丈夫⁉」

「ああ。問題ない」

 ヴェルナードは顔を上げ紫愛莉を見た。

 ヴェルナードが「問題ない」と言ったのは自身の怪我についてではない。マリアと沙夜が無事だという意味で言ったのだ。

 無論それは紫愛莉の意図していたことでもあり、最善の回答であった。

 しかしヴェルナードは自身の怪我については触れていないつもりだったが、紫愛莉の問いかけはそれをも含んでいた。

 そのため紫愛莉は苦笑した。

「あなたは大丈夫?」

 腰に手を当て、半分あきれて紫愛莉はたずねた。

 その様にヴェルナードも気付いたようで、ハッと驚き返答した。

「俺の方も問題ない」

 マリア同様ヴェルナードも普段から無表情であるので、紫愛莉も彼の表情を読むのは難しかった。だが、今ではなんとなく解かるようになってきた。これは心配されて喜んでいるのだと。

「そう。よかった……三人とも無事で」

 紫愛莉は安堵してしゃがんだ。

 同時にヴェルナードはマリアと沙夜から離れる。

 そうしたのはもう一度彼女達に怪我がないか確認するためであったが、ヴェルナードと入れ代わるようにして紫愛莉が二人に抱き着く形となってしまった。

 その瞬間、恐怖を我慢していた沙夜の、目と感情のダムが決壊した。

「うわあぁぁぁ!」

 紫愛莉はマリアと沙夜の頭をでながら優しくささやく。

「よしよし。よく頑張ったね。えらい偉い」

「ありがとうシェリー」

 紫愛莉にしがみ付き泣く沙夜とは対照に、マリアは優しく抱き着き感謝を述べた。

 少女達をあやす紫愛莉とは別に、ヴェルナードは自身の怪我した箇所にハンカチを巻いていた。止血のためだ。

 そのために立ち上がったのだが、その状態のところにマリーナが近寄って来た。

 ハンカチを代わりに巻くためではない。そのためならばもう遅い。ヴェルナードはハンカチを巻き終えていた。

 マリーナが近寄って来たのは、マリアを狙った犯人シャークの足取りを報告する為だ。ヴェルナードはそれを理解していたので、近づいて来るマリーナに尋ねる。

「奴は?」

 マリーナは浮かない顔をして答えた。

「犯人は壁に穴を開けた勢いで、外の地面にも穴を開けていました。犯人が壁の穴に飛び込んだのは目撃したのですが、表通りに抜けて行った形跡はなく、地面の穴にそのまま飛び込んだと思われます」

 壁の穴に飛び込んだのだとしたら、そのまま穴に入って行ったと考えるのが妥当であるとヴェルナードも判断した。

 それにシャークの靴は当人の操る水で濡れていた。その証拠に店の床に足跡が付いている。くつを穴に脱ぎ捨てて行ったのだとしても、見つからず去っていく時間はないし、表通りに逃げたのだとしてもあの目立つ恰好かっこうで直ぐに見つけられる。

 故に、ヴェルナードはマリーナの推測すいそくが正解だと判断した。

 しかしそれが分かったとして、穴の深さや危険性を考慮すると無理に追うことは危険に等しい。

 そのためヴェルナードはマリーナに指示を出した。

「穴の中がどうなっているか分からない以上、下手に追ってはいけない。アナの通信があったのなら、天人もじきに来る。天人の判断をあおごう」

 ヴェルナードの指示は最もなものだった。

 最善を取るのならば、上司である天人の判断を仰ぐ方がいいと、そう判断したのだった。

「なるほど、了解です」

 マリーナもヴェルナードの意見に納得し、命令を受け入れた。

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