第12話 紅の魔導士~始動編~3

 天人から連絡をもらったアナスタシアはSPCマイアミ局内のオフィスに居た。

 アナスタシアの仕事は書類整理やデータ管理等のデスクワークが主体である。

 隊員同士の通信を統括するのは彼女の仕事ではない。

 その仕事はニコライの管轄かんかつである。

 しかし天人はアナスタシアの携帯に連絡して来た。それは、仕事とは関係のない私情をふくんだ内容であったため個人的な連絡方法を取ったのだと、アナスタシアは理解した。

 一方的に電話を掛けてきた人物が通話を切ったと分かった時、アナスタシアは困惑していた。

「一体何なのよ。天人ったら」

 文句を言いたい気持ちは理解出来る。個人的に電話を掛けてきておいて、ほとんど一方的に話して通話を切るなど、非常識そのものだ。

 だが、アナスタシアは天人の会話の内容が気がかりだった。

「マリアが危ない、大至急? あの慌てよう……」

 直感的に、アナスタシアは理解した。

 先日のSPC養成助学校テロ事件後、天人はアナスタシア達、つまりは自身のチーム全員にマリアが狙われているむねを伝え、危険な状況におちいることを予想していた。

 アナスタシアを含めほとんど全員が、天人がいればそんな状況には陥らないと思っていたが、どうやらその予想は外れたらしい。

 ほとんど全員と言ったのは、新人であるマリーナ・チャーチルを除く全員という意味だ。彼女以外天人とはSPC発足以前からの知人・友人だ。

 天人とマリアのことは誰よりも熟知している自信を持っている。

 その天人が個人的に、しかもかなり焦った様子でマリアが危険だと言ってきたのだ。

 アナスタシアが緊急事態であると判断し、次に行うべきことを行動に移すまで、発言から三秒掛かった。

 アナスタシアは天人を除く隊員全員に通信するため、ニコライの元へと移動した。

 ニコライは自身の研究室を持っており、報告を一秒でも早める為オフィスの隣に研究室を構えている。

……こういう時近くにいるからよかったわ……

 アナスタシアは心中でつぶやき、研究室のドアの取手に手を掛けた時、頭の中で誰かが話しかけてきた。

『助けて! マリアちゃんが男の人に連れていかれそうなの!』

 少女の声だった。

 アナスタシアはこれに覚えがあった。

……確かこの声は、マリアの友達の沙夜ちゃん⁉……

 沙夜の能力はテレパシー。対象とした人物、または複数人に念話ねんわを伝達することが出来る。

 アナスタシアは以前マリアと沙夜から能力について相談されたことがあった。その際、沙夜の能力を知り得たのだ。

 アナスタシアは、これをチャンスだと思った。

『沙夜ちゃん聞こえる?』

 アナスタシアは意識を沙夜へ集中させ、彼女と念話を行った。

『は、はい! アナスタシアさんですか?』

『ええ。沙夜ちゃん落ち着いて。そこにマリアはいるのね?』

 アナスタシアは先ず、沙夜を落ち着かせようと判断した。彼女はまだ一一歳。マリアと違い、大人びていない普通の子供なのだ。

 状況を聞き出そうにも、パニックに陥っていてはより一層不安を募らせるだけだ。故に、落ち着かせることを優先した。何よりも冷静さが大切だと理解している大人であるからだ。

『はい、います』

 沙夜は返答した。

 アナスタシアは沙夜が自身と会話していることで、少しずつ落ち着きを取り戻していることを確信した。

……沙夜ちゃんと打ち解けておいてよかった……

 アナスタシアは少し安堵あんどした。少しと言ったのは、沙夜の成長ぶりにだ。現場げんじょうが完全に解決した訳ではない。

 沙夜と仲を深めておいたおかげで、彼女のアナスタシアへの信頼は確かに存在する。

 故に、沙夜はアナスタシアを信用に足る大人だと認識しており、アナスタシアの言葉に従うことで落ち着きを取り戻しつつあった。

……確か今日はヴェルが二人の送迎当番よね……

 アナスタシアはこの状況でヴェルナードが二人の側にいるはずだと思い出した。

 彼女自身、ヴェルナードがマリアだけでなく沙夜とも甘い物好きとして仲がいいことを知っていた。

……この状況で私に連絡してくるってことは、ヴェルの戦闘力はまだ知らなさそうね……

 アナスタシアは沙夜にヴェルナードの所在を確認する。

『沙夜ちゃん、ヴェルナードお兄さんは近くにいる?』

『はい! 私とマリアちゃんを守ってくれています』

 アナスタシアは大体の状況を理解した。

……ヴェルがマリアと沙夜ちゃんをかばう形で、犯人の男と対峙たいじしている、と……

 アナスタシアは迅速な対応をすべく、沙夜に指示を出す。

『沙夜ちゃんいい? 私がこれから何とかするから、また何かあったら知らせてね。不安なら、このまま念話したままでいいからね』

『はい。分かりました。ありがとうございます』

『こちらこそ。ちゃんと相談してくれてありがとう』

 アナスタシアは念話越しに笑って、再び研究室に入ろうとした。

 だがそこで、ふと疑問が浮上したので沙夜に問う。

『沙夜ちゃんもう一ついい? 私以外にこのこと誰かに相談したのかな?』

『はい。マリアちゃんのお兄さんに』

『そう。ありがとうね。もう少しの辛抱しんぼうだから、頑張ってね』

『はい!』

 アナスタシアは「なるほどね」と心中で呟いた。

 沙夜の能力の向上にも驚かされた。以前は対象とした人物に念話出来ず、周囲の無関係の人に送っていたというのに、ちゃんと念話の伝え分けが出来るようになっていたことに感心した。

 だが、アナスタシアが「なるほどね」と言ったのはそのことについてではなかった。

……天人、貴方も沙夜ちゃんの声を聞いたのね……

 アナスタシアはようやく研究室に入ることが出来た。




           ――




 アナスタシアが沙夜と会話していた頃、マリーナは先輩である紫愛莉に街を案内してもらっていた。

 二人は本日非番という訳ではない。

 FBIがSPCと同等の権力を持っているとはいえ、異能者・異種族ストレンジャーに関する事件はSPCでなければ解決困難である。

 そのため、こうして警察がするように街中を見回っているのだ。とてもFBIがする仕事とは思えないが、あくまで同等の権力を持っているだけなので、職務内容が全く同じとは限らないのだ。

 しかし、そのお陰でこうしてパトロールと称して街を案内することが出来ている訳である。

 二人はマリアの学校近くの表通りを歩いていた。

 ここはお洒落な喫茶店や洋服店のビルが立ち並ぶ通りだ。

 ほとんどのビルは一階部分がそうなっており、二階以上は賃貸ちんたいの雑居区域となっている。

 この通りは比較的治安は良く、犯罪が起こり得ることはまずないといっていい程だ。

 見回るルートを教わる身としては、犯罪の起こりやすい区域、犯罪の起こりにくい区域を知っておく必要がある。

 というのは建前で、実際はマリーナの要望でお洒落な店が多い通りを歩いているという訳だ。

「わー! すごーい! 今度あのお店行ってみようかな」

 新品スーツではしゃぐマリーナを紫愛莉は初々しいと思いながら見ていた。

「いい? あくまで見回るルートを教えてるんだから、そんなにはしゃがないの」

 紫愛莉はあまり真面目ではない勤務態度を指摘した。

「す、すいません! 私興奮してしまって……!」

 マリーナは勢いよく謝罪し、ほおを赤くしてうつむいた。

 紫愛莉はマリーナこの街に来たばかりで、新人であることから浮かれているのだと思っている。しかしマリーナのこの浮かれ様はそれだけでは無いような気がしてきた。

「マリーナってどこ出身なの?」

 紫愛莉はマリーナを和まそうと簡単な会話を持ちかけた。

「私、養成所に入るまではワシントンの田舎の方にいたもので……こういう都会の風景にあこがれていて、つい……」

 ワシントン州は現在ではイギリスとしても存在し、その田舎の生まれだというマリーナを、紫愛莉は同情した。

 というのも、紫愛莉の生まれは日本本国の旧家の屋敷だが、ビルの立ち並ぶ都市に憧れていた時期が少なからず紫愛莉にもあったからだった。

 養成所(ネバダ州在国フランス)に移ったというが、ビルの立ち並ぶ都市にあるのではなく、周りは山と小さな集落がいくつもあるような辺境の地だ。

 こういう場所に憧れるというのも納得がいく。

 紫愛莉はマリーナに提案した。

「よかったら、今度の休みに私のお気に入りのお店に行ってみない?」

「いいんですか?」

 マリーナは勢いよく顔を上げた。そこには期待に満ちた笑顔があった。

「いいわよ。マリーナの初出勤から休日は暇になったもの。付き合いなさい」

 マリーナの期待の笑みは満面の笑みへと変わった。

「ありがとうございます! 紫愛莉先輩!」

「シェリーでいいわよ、マイアミこっちでは。紫愛莉って、英語に慣れてると読みにくくない?」

「そんなことありません。紫愛莉先輩のご両親が付けて下さった立派なお名前ですよ。私は紫愛莉先輩と呼ばせて頂きます」

 ニコッと笑うマリーナに、紫愛莉も釣られて笑ってしまう。

「わかったわ。ありがとう」

 紫愛莉がそういってマリーナに笑った時、勤務中耳に付けている通信機から二人に通信が入った。

『こちらアナスタシア、二人共ちょうどよかった。その先にあるヴェルとマリアの行きつけの洋菓子店で異能者・異種族ストレンジャー関連の事件発生。現在ヴェルが一人で応対中。狙いはマリアよ!』

 それを聞いた二人は、顔を見合わせるとうなずき合い、次の瞬間には駆け出していた。

「了解、アナ。地図をちょうだい」

 紫愛莉がアナスタシアに場所の地図を要請する。

『今送ったわ、確認して。二人共現場に急行して! 早く!』

「今向かっています」

 今度はマリーナが応えた。

 紫愛莉は自分の携帯端末に送られてきた地図から、場所を特定した。

 ここから約一〇〇mちょっと。間に合う距離だ。

 マリーナは新人なりに張り切っている感じだ。ことの重大さを知る余地はない。

 一方紫愛莉は事の重大さを理解し、全速力で現場へ急行している。

「無事でいてマリア」

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