第11話 紅の魔導士~始動編~2

 勇がシャークを降ろしたのと同じこく、天人は喫茶店「クローバー」で店員であり友人でもあり、元同僚どうりょうである方倉一女はじめと会っていた。天人がここに来たのは、ただコーヒーを飲みに来たのではなく一女に依頼していた内容の報告を受けに来たのだ。

 天人は養成所騒動の翌日も「クローバー」に来ていた。その際、マリアが手洗いに席を空けた折り一女に「赤報隊せきほうたい」について調査を依頼した。

 しばらく時間を置き報告を待っていたところ、一女から連絡が入ったので訪れたという訳だ。

 天人は相も変わらずボサボサの寝癖ねぐせ頭のままで、気だるげに「クローバー」の入り口のドアを開けた。そしてドアが閉まるのを待たず、そのままカウンター席へと歩を進める。

「ブレンド一つとパン」

 天人はいつもこの店のブレンドコーヒーを注文するが、今回はパンも注文した。

 しかし実は、この店のメニュー表にパンは存在しない。パンは隠語である。

 基本的に天人と一女の関係は客と店員である。だが天人がパンと注文すれば、それは客と店員という関係ではなく「仕事の話しをしに来た」という意味に変わるのだ。この二人の間では、それが暗黙のルールになっていた。

 今回のパンの内容は、天人が一女に依頼していた件の報告を受けに来た、という意味だ。つまり、ただの客としてきた訳ではないむねを伝えたことになる。

 一女はそれを理解し、先ず天人に提供したのは一枚の写真だった。

 天人はそれを手に取り呆然ぼうぜんと見ながら発言した。

「この綺麗で不思議なお嬢さんは?」

 写真に写っていたのは、紅色ルージュの綺麗なドレスに身を包み、目元のみ仮面を着けた女性だった。

 その問いに、一女はコーヒーの豆をきながら答える。どうやら報告をしながらコーヒーをれるようだ。しかし、天人はその動作にではなく問いに対する返答に反応することになる。

「『あかの魔導士』……って、知ってるか?」

 天人は、表情はそのままに身を固めた。

 天人が反応した言葉、それは「魔導士」という言葉だ。

 元来「魔導士」というのは、かつて人間ヒト異能者・異種族ストレンジャー間で戦争していた時代に異能者・異種族ストレンジャー側を統率していた「しろの魔導士」と「くろの魔導士」のことを指す。

 異能者・異種族ストレンジャーは、異能者いのうしゃ異種族いしゅぞくを総称した名称である。

 故に「白の魔導士」は異能者を、「黒の魔導士」は異種族をそれぞれ五人の代表によって統率していたのだ。

 「魔導士」という意味は「人間では到底成し得ないことを行う者」、「魔法使い」「魔女」「怪物」「化物」といった、人間とは違う存在を示す差別的な意味を含んだ用語である。

 当時は異能者・異種族ストレンジャー側も人間を差別的な目で見ていた事実から、彼らの間では「人間を超越ちょうえつした存在」、「進化した人類」「優れた力を手にした者」といった自身等を誇示こじする表現として用いられていた。

 つまり、「魔導士」という言葉は人間と異能者・異種族ストレンジャーは違う生物であると考える、差別主義の思想から生まれた言葉なのだ。

 平和協定が締結ていけつした現在では、「魔導士」に込められていたような意味の言葉は法的に禁止されている。そういった言葉を使用することは、両者間での差別的発言と周知され、処罰の対象になる。良くて懲役ちょうえき、最悪死刑になることもあり得る。

 そしてこの「魔導士」という言葉を用いた組織名が存在するということは、そういった差別的な活動家がまだ存在していることを示唆しさしている。

 つまりこれはもう警察組織の仕事だということを意味していた。

「『紅の魔導士』だと……⁉」

 先の説明から、「白の魔導士」と「黒の魔導士」が存在したいたことはご存知頂けただろう。しかし「紅の魔導士」という組織は何処どこにも存在しなかった。

 これは人間と異能者・異種族ストレンジャー間での抗争を再び勃発ぼっぱつさせようと、くわだてているようにも取れる。

 そういった意味から天人は驚いたのだ。

「この組織が『赤報隊』を操っていたと分かった。残念ながら他の構成員は分からなかったが、その写真に写っている女こそ、『紅の魔導士』を束ねるボス紅の女王ルージュ・クイーンだ」

 一女は報告の為、天人が驚いたのを分かっていながら続けた。

 天人は一女の報告を聞いている内、落ち着きを取り戻し、

「紅の女王か……。何かヤバそうだなこいつ」

 写真をヒラヒラさせながらつぶやいた。

 どうやらコーヒーが出来たようで、コーヒーのいい香りが天人の周囲を満たし、その直後天人の前にカップが置かれた。

「はいブレンド。まぁ、あれだけの騒ぎを起こした連中をまとめてる組織だしな。それなりに規模はデカいだろうな。そういう意味でもヤバい組織だ」

 一女にコーヒーを出してもらい、彼の意見を聞きながら天人は写真を眺めていた。そしてコーヒーをすすりながらも写真を眺めていた時突然目を見開き、自身の携帯を取り出し電話を掛ける。相手はアナスタシアだ。

『はいは~い』

「おいアナ、今日のマリアの迎えは誰だ?」

 普段の天人からは見えないあせりが伝わって来る。それ程に急なことなのだ。

 それはアナスタシアにも伝わったようで、

『どうしたのよ? そんなに慌てて』

「この際誰だっていい――」

 そう、本当に言うべきはそんなことではなく、

「――マリアがヤバい! 急いで応援を向かわせろ! 大至急だ、急げ!」

 そう言って天人は一方的に通話を切った。

「ごちそうさん。それじゃあまた来るわ」

 ロングコートのポケットからコーヒー代の小銭と、依頼料として紙幣を何枚か置いて天人は去って行った。

「毎回依頼料こっちはいらねぇって言ってんのに。律儀な奴だな」

 一女はカウンターに置かれた代金を渋々しぶしぶ受け取った。




         ――




 ――そしてそれを口に運んでいる、まさにその時だった。突然店の窓が割れ、何かの液体が飛び散って来たのを感じた。同時に店内では悲鳴が巻き起こる。

 客の中には店を飛び出して行くものや机の下に隠れるものも居る。

 店員は店の奥に引っ込んでしまった。

 ヴェルナードは咄嗟とっさにマリアと沙夜をかばう姿勢を取る。

 こういう時店員が客の安否のため率先して先導すべきだ、とヴェルナードは思ったが、咄嗟の状況に対応出来るのはかなりの訓練を積んでいなければ困難だと思い直した。

 それよりも、飛散して来た液体の正体を正確に知っておきたいところだが、そんな時間はない。

 ヴェルナードはそれをにおいで判断しようとした。口に入れ、万が一でもそれが危険な液体であった場合、誰がこの二人を、この店にいる市民を守るのか。それを瞬時に判断し、彼は行動に移した。

 ヴェルナードの嗅覚はマイアミSPC局内で最も優れている。その嗅覚から判断出来たのは、特に危険な匂いはしないという結果だった。

 そのため試しに舐めてみると、それはただの水だったのだ。

「水?」

「そうだ。ただの水だ」

 ヴェルナードの呟きに、帽子に眼帯、中世の貴族風の服装にブーツという全身黒ずくめの男が割れた窓から侵入しながら発言した。

 その男の侵入と発言にヴェルナードは構えた。何故ならば、その男がこちらに歩み寄って来ているからだ。

 心当たりがあるとすれば、それは先日の騒動が原因だろう。

 当事者であるアリアと沙夜か、それとも「赤報隊」を逮捕たいほした警察関係者である自身か。

 後者であればヴェルナードが店外へ移動すればいいが、前者であった場合、または両方の場合ならこの二人をここに置いて行くのはまずい。

 そう判断したヴェルナードは侵入して来た男にたずねた。

「狙いは俺か? それとも後ろの二人か」

 ヴェルナードは自身の後ろにマリアと沙夜を置くことで、二人に害が及ばないように庇っている。

 侵入してきた男は目的である人物を指で示した。

「後ろにいる、そちらのお嬢さんに用があるんだが」

 それはマリアだった。

 あまりの衝撃にマリアと沙夜は目を丸くした。

 しかし、ヴェルナードは驚かなかった。それは天人からマリアに何かあるかもしれないと、事前に忠告ちゅうこくを受けていたからだった。

 そしてヴェルナードは男に答える。

「それは困る」

「ほう。大体の事情は知っているようだな」

 男は感心したように口元を緩ませると、次の瞬間右手を、銃を持つようにして構えた。

「これは忠告だ。俺様は無用な殺生せっしょうは好まん。その娘を渡せ」

 ヴェルナードは、男の構えた右手人差し指の先端に光るものを見た。水だ。

 恐らくこの男は水を操る異能者・異種族ストレンジャーだ。そう判断し、ヴェルナードも交渉することにした。その方が、後ろの二人に及ぶ被害が少ないと判断出来たからだ。

「忠告だ。このまま大人しくした方が身のためだ」

 ヴェルナードの忠告もまた、男同様におどしではなく、実行に移せる交渉材料であった。それは男の反応で顕著けんちょになる。

「そのようだな」

 男は観念したように見せる。

 男の周りには、針を剥き出しにしたオオスズメバチが数匹飛んでいた。

 ヴェルナードは男が侵入して来ているのと同時に、近くに巣を作っていたオオスズメバチを数匹操っていた。

 この状況は圧倒的にヴェルナードに分がある。しかし、事もあろうに男は笑い出したのだ。

 これにはヴェルナードも驚かざるを得なかった。

「あっははは! いやはや愉快ゆかい、実に愉快! この海賊団船長キャプテン・シャーク様が遅れを取るとは! 実に愉快この上ないな!」

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