第10話 紅の魔導士~始動編~1

 ――「赤報隊せきほうたい」によるSPC養成助学校テロ騒動の数日後、初等部では改めて始業式がり行われ、その翌日に入学式が行われた。

 新入生の内一名の代表による入学の心構えを聞き、在校生の代表がそれに応え、現在まで経験や未来設計など、異能者・異種族ストレンジャーとしてどう生きていくかを説いた。新入生代表は男子児童であるのに対し、在校生代表は沙夜だった。

 始業式が無事執り行われたのと同様に、入学式もとどこおりなく進行した。

 本日は入学式だけなので、児童はそれぞれ帰路につく。保護者や両親、片親と共に帰宅する新入生がいれば、友人達と共に帰宅する在校生もいる中、マリアは正門前で沙夜と他愛ない話しをしながら迎えを待っていた。

 先の一件以来、SPC局内で「養成助学校の生徒及び児童に送迎を付けるべきでは?」と議題が上がったのだ。

 この議題にはSPC隊員一同が賛成し、今後どういった異能者・異種族ストレンジャー関連の事件が発生するか不明な為、一月程度生徒及び児童が認識している保護者による送迎が義務付けられた。

 これにともない、マリアと沙夜はそれぞれ迎えが来るのを待っている状態である。

 しかし沙夜の両親は共働きである為、マリアと共にSPC隊員が毎日交代で送迎すると決定したのだ。

 天人が送迎すれば人員は必要ないが、その天人の提案で交代制になったのである。

 天人は先の騒動によりまだ何か起こると予想している。それが何であるかは明らかではないが、天人自身で調査すると宣言したのだ。それにより天人が毎日送迎することが困難こんなんな場合を想定して、隊員による交代での送迎が決定したのだった。

 天人の提案に異議をとなえる者は誰一人としていなかった。何故ならSPC隊員全員マリアと何かしら接点を持っており、話し相手や趣味の合う友人として認識しているからだ。

 そして本日の送迎担当はヴェルナードである。マリアはヴェルナードの姿を確認すると、沙夜に帰宅をうながした。

 マリアはヴェルナードと共に居るのが好きだった。というのも、二人共甘い物が大好きな甘党なのだ。

 マリアはヴェルナードにスイーツの美味しい店やスイーツバイキングの店を教えてもらい、よく連れて行ってもらっている。

 沙夜も甘い物は大好きで、この日は丁度マリアとヴェルナード行きつけの店で新作のスイーツが出る日であることもあり、昼食ついでに立ち寄ることにした。

 沙夜の送迎に関して、SPC隊員が送迎することは沙夜の両親に了承済みで、家までのルートを確認させてもらっている。

 その為誰が送迎しようと確実に家に着くようになっている。

 三人の目的の店は学校からあまり離れておらず、学校から沙夜の家までのルートを外れていないことから最適であると一同一致で賛成となった。

 三人は店内の真ん中付近の席に着き、それぞれが注文したものがやって来た。

「お待たせしました。ご注文の『さくらんぼのプリン』と『三種の果物パフェ』でございます」

 三人共がこの店を知っていたので、全員同じく新作スイーツの二品を注文した。あとは各自がそれぞれ違う飲み物を注文していた。マリアはブラックコーヒー、沙夜は紅茶、ヴェルナードは蜂蜜はちみつ入りのミルクティーだ。

 三人は店に来るまでの道中、何から食べ始めるか話し合っていた。そして現在最初に口に運んだのは、その時話し合って出た答えの品だった。

「美味しい……」

「ん~! おいしい!」

「美味……」

 それぞれプリンを口に運び、マリア、沙夜、ヴェルナードの順に率直そっちょくな感想を発していく。

 この店舗は器にもこだわっており、桜と桜桃さくらんぼが描かれた茶碗ちゃわん蒸しの容器にプリンが入っているのだ。更に木製のふたが付いており、ほのかに桜の香りがする。

「桜桃の酸味さんみと甘味がいいアクセントになっている」

 ヴェルナードが更に詳細な感想をべる。

「たしかに、さくらんぼをプリンにするなんて発想なかなか思いつきませんよね!」

 ヴェルナードの感想に沙夜が自身の感想を重ねた。

「沙夜の言う通り、斬新ざんしんな発想だよね。ヴェルが夢中になって食べているんだもの。よっぽど気に入ったんだね」

 マリアがそう言ったように、ヴェルナードは飲み込んだ後もプリンの味の余韻よいんたのしんでいるようだ。

 プリンを一口味わった三人だが、まだパフェには手を付けない。

 三人は以前から甘い物好きということで仲は良いが、一度スイーツに手を付けたら食べ終わるまで他のスイーツには手を付けない、という流儀を持っていることが共通していたこともあり、打ち解けるのに時間は掛からなかった。

 この流儀から三人はプリンを五分以上掛けて味わった後、ようやくパフェに手を付けた。

 「三種の果物パフェ」に入っている果物はいちご蜜柑みかん彌猴桃キウイの三種類。それぞれが主張し合って、上に盛られたクリームにいろどりを与えている。

 三人は一斉にスプーンですくう。そしてそれを口に運んでいる――




        ――




 男が二人車で移動していた。運転しているのは「赤報隊」の生き残りであり、新リーダーである笹木ゆうだ。彼は「赤報隊」の上組織である「あかの魔術師」の幹部クリムゾン・ダガー=ジャックからの指令で動いていた。

 助手席側の後ろのシートに足を組んで座る人物はジャックから紹介された者で、ジャックと同じ幹部だそうだ。

 スーツ姿の勇とは違い、その者は大きめの帽子ぼうしを被り目には眼帯、かつて西洋の貴族が来ていたような気品のある服装にブーツをいた、全身黒ずくめの一風変わった恰好かっこうをしている。気品ある服装とは裏腹に、仕草や物言いには全くそれが感じられず、その様はまるでプライドが高く冷静さを保ったままの海賊のようである。

「個性的な恰好をされていますね?」

 沈黙ちんもくに耐え切れなくなった勇がふとたずねた。ただその質問は、とらえようによっては何らかの処罰が下されるかもしれない、覚悟を必要としたものだった。

 現に勇にはその覚悟がある。この幹部に気に入られるか、はたまた無礼に当たり殺されるかの覚悟を持っての問いだった。

 しかし勇の覚悟は無意味なものとなった。

 海賊風の男は鼻を鳴らし穏やかな口調で答えたのだ。

「カッコいいだろう?」

 勇はどんな返答をされても冷静に対応する準備は出来ていた。

「ええ、とても。そういう恰好がお好みなのですか?」

 同感は社交辞令だ。しかしそれを踏まえても、海賊風の男はそれほど似合わなくもなかった。

「好み……というよりは正装だな」

「正装、ですか?」

「おうよ。海賊の船長であるならば当然。何よりこの帽子がその船長である証だからな」

「船長さんだったのですか。これは大変失礼致しました。ご無礼をお許し下さい」

 勇は彼の正体が本当に海賊だった事に納得しつつ、更にその船長に随分ずいぶんと生意気を言ったと直ぐに謝辞を述べた。それと同時に、勇はこの組織の幹部は皆変わった恰好をするものだと思うことにした。

「構わんさ」

「重ねて失礼とは存じますが、海賊とはもっと荒々しいと思っておりました」

 彼の寛大かんだいさを知り、勇は正直な感想を述べた。これは勇が敵意を持っていないことを証明する手段でもあった。同業者として世間話をしていると示す必要があったからだ。

「俺様はああいう品のない奴らは正直好かん。奴らには美学がない。節操せっそうなく略奪りゃくだつし、荒らすだけ。俺様はそんな野盗を駆逐くちくすべく、海賊になったのだよ」

 海賊は言い終わると同時、黒い長髪をはらった。

「そうでしたか。私は笹木勇と申します」

「笹木勇か。俺様はキャプテン・シャーク! シャーク様と呼べ」

 互いの自己紹介が終わると勇は車を止めた。何か危険を察知したからではない。車をこれ以上運転する必要が無くなったからだ。

「ではシャーク様、目的地に到着しましたのでご準備下さい」

 勇が上司であるジャックから下された指令は、幹部が有事の際運転手を務めることだった。これはジャックが勇を無能と判断したのではない。たった一人しかいない下請したうけ組織では、この程度が合っていると判断した結果だった。

 あんにこれすらこなせないようなら正真正銘のゴミだと言われていると感じていた。先日掛けられたジャックからのプレッシャーも相まって、より一層勇の心を不安にさせる。

 だが、シャークからの最後の一言で勇は吹っ切れる。

「準備ならとっくに出来てるさ。ダガー=ジャックに何言われたか知らんが、お前はお前の役割をたせ」

 シャークはドアを開け外へと足を出す。そして身も外へやろうとしながら、

「困ったことがあったら俺様を頼って来い。シャーク率いる海賊おれさまたちはいつでも勇を歓迎するぜ」

 そう言うとシャークはドアを閉め、自身の役目を果たすべく去って行った。

 勇はしばらくシャークを見ていたが、今までの迷いが無くなるのを感じると、車を待機場所まで動かした。

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