第9話 SPC異能者・異種族犯罪対策課8

――SPC養成助学校正門前、犯人の人質となっていたマリアは警察・CSI・FBIそれぞれに経緯を説明し、疲れたので正門前の階段に腰掛けていた。

 事件収束までの顚末てんまつは紫愛莉が、保健室以外の犯人確保についてはマインとヴェルナードが警察関係者に報告している。

 その様子をマリアはぼーっと眺めていた。そこへ、マリアが説明中何処どこかへ行っていた天人が缶ジュースを持って戻って来た。

「ほら、お前の好きなココアだ。疲れただろ」

 そう言って天人はマリアへ缶を手渡し、自分のコートをマリアの背中に掛けた。

「あったかい」

 ココアの缶を手に受け取ったマリアは、缶を見つめながらそう呟いた。

「入学シーズンと言ってもまだ春先だ。あんなことがあった後だ、冷えただろ?」

 そう言われた瞬間マリアの視界がゆがんでいき、気が付けば目から涙があふれていた。温かい缶で手が温もり、兄のコートで背中も温まり、兄が側に居てくれる心の温かさから意図せずれた本音だった。

 次の瞬間マリアは子供ながらに泣きながら、隣に座っている自身の兄に抱き着いた。

「うあぁぁぁー! 怖かったよぅお兄ちゃーん!」

 本音を隠しきれなくなった子供としての心が、言葉として叫んでいた。怖かったが親友を逃がすため我慢した。天人が助けに来てくれると信じて我慢していた恐怖心が今更になって出てきたのだ。

 また親友の体調を心配していたところ、事件性を考慮こうりょして沙夜さよを逃がしたことが幸いだった。体調が優れなかった沙夜には悪いことをしたと思っていた。だがそれは沙夜の命を優先しての行動だった。

 その沙夜はマイン達が校内の犯人を確保中に発見され、無事保護された。体調をくずしていた状態で走っていたのもあり、念のため病院へ搬送はんそうされた。そのことを先程の説明中、警察からマリアは知らされていた。

 マリアは沙夜の報告が間に合うとは思っていなかった。ただ警察関係者の身内として、親友として沙夜の命を守りたかったのだ。

 その責任から解放されたこと、沙夜が無事だったことからの安堵あんども、マリアの涙の理由だった。

 普段の大人びた感じからは想像がつかないほど泣きじゃくり、自身にしがみつくマリアを、天人は優しく抱きしめ頭をでながら言った。

「よしよし……。よく頑張ったな、辛かったな、怖かったな」

 いつもやる気が無く、覇気はきのない口調の天人にしては珍しく穏やかに、そして優しい声色で妹を包んでいた。

 声を上げて泣いているマリアを、天人は泣き止むまで語りかけ、優しく抱いていた。




          ――




――SPC養成助学校初等部からかなり離れた場所にある廃工場。そこには先程天人達によって逮捕された「赤報隊せきほうたい」の、連絡用にと残された二人が居た。

 二人は学校から少し離れたビルの屋上から、仲間が逮捕されていく様を見ていた。正確にはビルの屋上に配置していたドローンのカメラの映像を、ラップトップを通して観ていた。

「嘘だろ……⁉ 皆捕まっちまった……!」

「やべぇよ……俺達これからどうすんだよ……⁉」

 二人は絶対的な自信を持っていた「赤報隊」のボス、クリス・バーナードが捕まるとは思っていなかった。というのも「赤報隊」はクリスを中心とする五〇人規模の組織ではあるが、この組織自体は更に大きな組織の一部でしかないのだ。

 クリスはその組織の一幹部補佐に過ぎず、クリスの上司である幹部から任された大役だったのだ。

 二人はその内容を聞かされていなかったが、幹部から直々に仕事を任された以上、クリスは抜擢ばってきされるに足りる人物であると認識していた。

 それに何より二人の中のボスはクリスだ。例え幹部補佐であろうと、二人はクリスにあこがれて着いて来た。それが何よりクリスを信じていた理由だった。

 そのクリスが身動き一つ取らずタンカーで救急車に搬送されているのを目の当たりにして、二人は驚愕きょうがくを隠せなかった。

 幸いとは言い難いが二人はクリスが天人に気絶させられる場面を観ていない。あくまでビルの屋上から見える範疇はんちゅうでしか結末を知らないのだ。二人にとっては、一番信頼していた者の呆気あっけない結末を観ずに済んで良かったのかもしれない。

 二人であまりの事実に取り乱していたが、一人が冷静さを取り戻し、

「こうなったら本隊に連絡して応援を呼ぼう。仲間をかき集めるんだ」

 それに対しもう一人は、

「本隊って、『あか魔導士まどうし』にか⁉」

 「紅の魔導士」、それが「赤報隊」をもまとめる組織の名だ。しかしクリスを今回の仕事に抜擢したのはその組織の一幹部である。「紅の魔導士」に応援を要請したとしても白を切られる可能性がある。それが分かっているので、最初に発言した者がそれに答える。

「そっちに言っても無視される可能性がある。だからクリスさんに命令した奴に直接頼んでみるしかないな」

「それって――」

 言いかけた時、背後の足音に気が付いた。ブーツ特有の、コンクリート地面との接触音に二人は凍り付いた。話をしていた幹部本人だと分かった為だった。

 「赤報隊」のメンバーは運動性重視のブーツを履いている為、こんな建物内の空間にひびく音はしない。そもそもこの二人以外は捕まっているのだから当然といえば当然だ。しかし、このブーツの音ははっきりとこの空間に響いている。故に、これがその幹部の足音であると悟ったのだ。

 二人が今の話しを聞かれていたかもしれないと固まっていると、足音に混じって男性の声が聞こえてきた。

「なるほど失敗したんだね。困るなぁ、失敗されちゃ。予定が狂っちゃうじゃないか」

 ゆっくりと丁寧に聞こえてきたその声に二人は振り向いた。そこには黒髪で白いピエロの面を付け、あか色につやめくジャケットとズボンに背の高い帽子ぼうしを着こなした細身の男が居た。身長は至って男性の平均くらいだが、その容姿に二人は目を引かれた。

「やれやれ、使えない部下を持つとほんっと苦労するね~」

 仕草こそ手のひらを上に向け首をかしげて困った様子を見せているが、口調はそれとは裏腹に全く困っているように思えない。むしろ楽しんでいるように聞こえる。

「すいませんあの、ボスの上司の方ですよね?」

 冷静な一人がそうたずねた。

「そうだよ。僕のこと彼から聞いてないの?」

 以外にも普通に返答されて少しビビッてはいるが、冷静さを忘れず問いに答える。

「ボスは今回のことも全員には知らせなかったので、今回の仕事の内容しか分かりません」

 そう言うと、

「彼には困ったね。一つの仕事もこなせず、生憎あいにく失敗した時の対応も視野にいれていないとは。彼には『赤報隊』を任せてはおけないな」

 そう言うとピエロの男は、二人を交互に見て吟味ぎんみし始める。そして二人の肩にそれぞれ手を置き、何かを確かめているようだ。

「ど、どうされましたか⁉」

 先程から冷静さを取り戻せずおどおどしている方は、ピエロの男の行動を問うた。

「ん? 次の『赤報隊』のリーダーはどっちにしようかなってね~。もうクリス君には任せておけないし」

 クリスのボス降格を言い渡され、おどおどしていた方がそれに対し抗議した。

「ボ、ボスは立派に俺達を導いてくれた英雄です! 解任にされるくらいなら――」

 そこまで言って、彼はいきなり目や口から血を噴出し倒れ、それきり動かなくなった。

「僕に逆らうの? 正直、僕は今虫の居所が悪いんだ」

 いきなりの出来事に冷静さが取り柄の男も同僚が死んだことに青ざめたまま固まった。

「けど、これではっきりしたね~。今から君が『赤報隊』の新しいリーダーだ。僕はクリムゾン・ダガー=ジャック。これからよろしくね~」

 そう言ってジャックが立ち去ろうとすると、

「あ、あの、さっきのは一体⁉」

 ようやく我に返った男は、同僚が何故死んだのか原因を問うた。虫の居所が悪いと言っていたわりには、ジャックは何でもなさそうに答えた。

「あ~あれ? 僕はね~、熱を持ったものなら触りさえすればどうにでも出来ちゃうんだ。だから彼の血液を沸騰ふっとうさせちゃった。僕の機嫌きげんを損ねると~君もああなっちゃうからね?」

 要するに使えない者は容赦ようしゃなく消すということだ。

 彼は頭が真っ白になった。今までは逃れようと思えば逃れることが出来た。しかしもう後戻りが出来ない状況になってしまったことにひざから崩れ落ちそうだった。

 頭に入ってこない会話を聞きながら立ち尽くしていた。するとジャックが思い出したように質問してきた。

「そういえばまだ君の名前を聞いてなったね~。君は誰だい?」

 質問されていると分かった男は、答えないと殺されてしまうというあせりのあまり勢いよく返答した。

ゆうです! 笹木ささき勇!」

「勇君か~。それじゃあ勇君よろしくね。君なら失敗しないよね~」

 そう言いながらジャックは歩きながら後方の勇に手を振るとスッと消えた。

 勇はジャックから与えられた恐怖を抱えながら、次の仕事の指示を待った。

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