消沈帰宅

「聴いてよお花さん……」

「今日も気持ち悪い」


 高原家自宅花壇。その前で体育座りをして独り言を呟いている陸也に、まさゑは声をかけた。陸也の表情には生気が乏しく、幽霊のようだった。


 天使の休憩広場では、驚くほどの人数が押し寄せていて、入ることすら出来なかった。


 結局明菜は見つからなかった。


 消沈して帰る途中、狼のような相貌の露店商に声をかけられた。


「うちの甥が世話になっちまったみてえだな。これはちょっとしたお礼だ」


 露店商はそう言うと、真っ黒で硬質な筒と、透明な樹脂のような物に覆われた、くすんだ珠を陸也に手渡した。


 断る気力もなく、陸也はそれを受け取ったのだった。


 本日の収穫は、それだけだった。


「厳しい言葉と、優しい言葉のどっちが欲しい?」

「優しい言葉で」

「うけるー」


 しゃがれた声でひねり出された甲高い声は、神経を逆なでするには充分だった。


「今すぐじいちゃんに合わせてやろうか」

「せっかく人が慰めてやってんのに」


 まさゑはポケットからライターとラッキーストライクを取り出し、その場で吸い始めた。


「ところで、お前はその娘さんと再会したところで、どうするつもりなんじゃ?」

「どうって ……好きだって告白するさ。そして恋人になって、それで」

「あちらとの交流は数年に一度。しかもたったの二日間だけじゃ。もし恋人になれても、次いつ会えるかはわからん」


 それはまさゑの言う通りであるため、陸也は何も言い返せない。


 明菜の年齢を陸也は知らないが、人生において様々な出来事を経験しているはずで、これからも激動の日々を送ることになるだろう。


 恋はしただろうし、これからも恋に落ちていくのかもしれない。


 もし仮に、明菜と恋人同士になれたとしても、次にいつ会えるかはわからない。そんな状態に、果たして耐えられるだろうか。


 祖父の秋吉あきよしは、もう一つの地球出身で、星繋ぎの祭りでまさゑと出会った。


 別れ際のプレゼントは、陸也が毎日告白の練習をしている黄色い花。そう聞いていた。


 そして、数年後に再会した結果、まさゑと結婚して移住したと陸也は聞かされていた。


 二人とも大人であり、自立していたからこその決断だった。


 それに引き換え、陸也はまだ十九歳だ。


 全てを投げ打って移住を選択をするには、まだ若過ぎた。


「何もかもばあちゃんの言う通りだよ。ただ、明菜を探して思いは伝える。それだけは変わらないさ」

「ふん。まあどうなっても知らんが、帰ってはくるんだよ」


 まさゑの祖母らしい言葉を受け、陸也は素直に頷いた。


「そういやさ、俺が毎日のように告白してるこの花って、なんて花?」


 まさゑは、持っていたタバコを落としそうになった。


「そんなことも知らんで今までアホみたいなことしてたんか。その花は勿忘草ワスレナグサじゃ。まあこっちの地球には本来ないものだけどな」

「へー」


 勿忘草。なんだか悲しい思い出が詰まっていそうだと、名前のニュアンスでそんな感想を、陸也は抱いたのだった。

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