少年も恋に恋をする

 天使の休憩広場での大爆音は、喧騒から少し離れた自然豊かな、銀川ぎんせんの森にまで届いていた。


 いつもなら森に馴染みのある者しか訪れないため閑散としているのだが、所々人が押し寄せ、客入りは上々といった具合であった。


 陸也は、天使の休憩広場からやってくる歓声に虚しさを感じつつ、ぶつかった少年とタバコアイスキャンディーを頬張っていた。本物のタバコではなく、アイスを口に含み吐き出すと、冷気がまるでタバコの煙のように発生する代物だ。


「思ったよりいい奴じゃないか陸也は」

「わかってもらえて何よりだよ」


 アイスを二個も要求しておいてよく言うぜ、という言葉は飲み込んだ。


 少年が持っていたうさぎガエル人形は、好きな子へのプレゼントだと泣き喚かれた為、陸也は罪悪感を覚えていた。

 相手は違えど、少年も同じ目的を持っている同士だ。罪の意識を金銭によって補おうと露店を探したのだが、少年のお気に召すものはなかった。


 果たしてあれを渡したところで相手が喜ぶかはさておき、少年が選んだ大切な、気持ちの篭ったプレゼントは失われてしまった。


 非常に申し訳ない気持ちから、陸也は少年にアイスを奢るという事態に至った。


「で、その好きな子ってどんな子なんだ?」


 陸也はアイスを食べ終え手持ち無沙汰となった。もう明菜を探しに行ってもよいのだが、関わってしまった少年が気になった。告白の現場まで盗み見することはするつもりはないが、少しぐらい尋ねてみることにした。


「いっつもおどおどして相手の顔色を伺っているような奴でさ、命令口調で言われると縮こまっちゃってなんも言えなくなるんだ。ほんとグズ」

「キツイこと言う割には、随分と笑顔で語るな。素直じゃねえな」

「ふん」

「そう拗ねんなよ。さっきは嫌いなところしか言ってないけど、好きなところはなんなんだ?」


 少年はそっぽを向き、陸也と目を合わせようとしなかった。恥ずかしさで陸也を見れないのをいいことに、陸也は少年の背中に向けて変顔をしていたのだが、少年は気付かずに話し始めた。


「髪がふわふわの羊みたいでさ……まあなんていうか、笑うと可愛いんだ。よくわかんないけど、俺が守らなきゃって、そう思えるんだ」

「そうか」


 陸也はしれっと真顔になり、少年の頭を乱暴にかき回した。


「素直が一番だぞ少年。好きな子には好きって伝える。大切な気持ちってのは、言葉にしなきゃ伝わんないからな」

「まだ相手に会えてない陸也に言われたくないけど……ありがとう。がんばるよ」

「おう」


 陸也は少年の背中を押すように叩き、そのポケットに自らの持ち物を忍ばせておいた。


「じゃあ、俺は行くわ。縁があったらまた会おうぜ」

「うん。陸也もがんばれよ」

「へいへい」


 陸也は背を向けながら手を振り、未練を残さないために、そのまま森を後にした。


 たった二日間とはいえ、様々な奇跡に祝福された場所なんだ。


 少年の小っちゃな愛くらい届いてもいいだろうと、柄にもなく陸也は祈った。

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